クライマーズ・ハイ (2008)

文字数 943文字

【勤め人の矜持】 2008/7/6



本シネマのベースになる墜落に、僕は当時ニアミスしている。
夏休み、妻と子供たちを先に四国の実家に帰しその日僕は大阪経由の帰郷予定だった。
JAL 123便からの乗換えだったが、直前にキャンセル待ちだった直行便に切り替えた。
実家に戻ったちょうどその時、JAL遭難の第一報をTV で知った。
それ以降、この運命の気まぐれについて思い返すことを僕は一切しないようにしてきた。
500名あまりの人生とその家族の哀しみの一端に踏み込むことは僕には大きすぎる負担だったから。

そして本シネマ・・・。
原作はというと、
警察ニューウェイブ小説の横山秀夫作品としては異色でありながら、
解きの妙もはずさなかったこと、
ご自身の体験が色濃く投影されているだろうと推定できる
新聞記者の使命感とそのギャップにへばりつくリアリズム、
前述のとおり個人的に忘れることのできない、
世界最大の航空機事故がストーリーの基盤であったこと、
そんなことから、第一級の社会派ミステリーであったと現在でも確信している。

今回本格的シネマ化に接することは大いなる歓びであることに嘘偽りは微塵もない。
サクセスストーリーでも、ヒーローストーリーでもないが、
終始興味の尽きない出来上がりだった。
面白いのは働く人間の生々しい感情の噴出。
二度と遭遇しないだろうと思われる惨事を千載一遇の職業的チャンスと
え上がる新聞記者根性の本音。
そこには、報道の自由、崇高なる使命を逸脱した泥にまみれた現実が明らかにされる。

地方紙の劣等感、全国紙のエリート意識、ともに痛烈に批判される。
単純にジャーナリズムに対する批判であり、作者からの訣別と感じ取っても間違いではない。
皮肉なことに職業倫理に自縛されヒーローになりきれない主人公に親近感を覚えてしまう。
主人公にできたこと、そしてできなかったことが、僕のカタルシスになった。

大多数の勤め人は、ちっぽけな矜持を隠しながらしぶとく生きていくしかない。
いつか幸運にも職業でクライマーズ・ハイに酔うことができることを夢見ながら。

老婆心:
全国紙の本作辛口批判が気になる。
それとも、地方マスコミ蔑視が続いているのだろうか?
本作をフィクションとして扱う余裕がないのか?
ジャーナリズムの良心もたいしたことはない。

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