悪と仮面のルール (2017)

文字数 1,321文字

【パーフェクト 中村文則ワールド】 2018/1/16



オープニングロールは「原作 中村文則」から始まる、
そして僕は中村文則の世界へ誘われる。
その原作とは2013年ウォール・ストリート・ジャーナルの
年間ベスト10ミステリーに選ばれた衝撃の名作。
壮絶悲壮な恋愛物語に涙し、
裏社会ノワールの匂い芬々に慄き、
それでいて人間の実存に迫る哲学の格調高さに戸惑う、
さすが噂通りの逸品だった。

日本近代化の背景に巣くう武器商人の血筋の主人公、
小さい時父から「邪」を極めるための教えを拒否するところから
普通の幸福からほど遠い生き方を余儀なくされる。
本作は 主人公の一人称でその後の出来事が淡々と語られていく。
彼が語る人たち、狂った一族の父親と兄弟、
小さい時から一緒に過ごした最愛の女性、
闇の形成外科医、私立探偵、過激派メンバー、主人公をつけ狙う刑事、
・・・・と羅列すると通常のミステリーとの差があんまり感じられないことだろう。

そこで以下のような登場人物のセリフを引用しておく、これはただ事ではないのだ:
●「倫理や道徳や常識から遠く離れれば、この世界は、全く違ったものとして俺たちの前に
  現れるんだよ。まるで、何かのサービスのように」
●「金を稼ぐには主に二種類ある…
  一つは、魅力的な商品やサービスをつくり、人々の財布の金と交換すること。
  二つ目は、強制的に集められた金、つまり国が集めた人々の税金を国からもぎ取ることだ。
  儲かるのは主に後者。今から簡単に戦争の構図を教えてやる」
●「日本に一発でもミサイルが激突してみろ。一瞬でこの国の世論は変わる。
  平和憲法など吹っ飛ぶ。
  被害者の数が報道され、その家族の悲しみが連日報道され、国民の全てが
  北への憎しみの温度で沸騰し、 被害者の家族たちに完全に同情する。・・・
  人々は善意を根底に置いた時、躊躇なくその内側の暴力性を開放する。
  まるで善意によって、その暴力性の開放を許されたように。
  これは戦争の発生メカニズムの根本だ。
  昔の処刑の見世物も同じ原理だろう。それを誰かが計画したと思う人間はわずかで、
  そんな声は善意の暴力の沸騰でかき消えるさ。それがなくとも、人々は自分たちの
  人生に忙しいのだから・・・」

現在日本が戦争に向けた道をまっしぐらに進んでいること、
Jアラートの稚拙さと胡散臭さを
2010年に見事に言い当てていた。
・・・・と、ここまでは実は原作本の感想文だ。

そして本シネマのそれにほとんど当てはまる、
細部を割愛しているのは映像化の特権であり脚本の勝利でもある。
なによりも 驚いたりもし危惧もしたのが、
登場人物に長々と中村文則理念を喋らせることだった。
それは前述した原作で強調されたセリフであり、著者の思いでもあった。
本シネマは、セリフで観る者を退屈させることなど考慮していない、
パーフェクトな原作世界観の再現であった。
結果 甘ったる恋愛ジャンルでも、復讐サスペンスアクションでもない、
高級感あふれる逸品となった。
少年少女の熱愛シーンをバッサリ取り除いたことも評価する、
当該箇所は文字で想像する夢世界であるから。

グレートーンの映像と小気味よいフラッシュバック、名作の誕生だった。

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