愛を読むひと (2008)

文字数 777文字

【ケイトでなければ、ケイトだから】 2009/5/24



アウシュビッツ収容所の悪夢を歴史にとどめおく修復工事が
資金不足だとのニュースを聞いたばかりだった。
大戦後64年の年月は何ものをも朽ちさせ、
人間の警告はいつか風化してしまう無常。
本シネマは、ナチ犯罪に意図せず関わったであろうが、
その自己責任を全うした無学な女性の悲劇、
いや、あるいは単純に少年の初恋ストーリーと受け止めることができなかった。

まして、ストーリーの発端となる少年と女が共有した時代は
すでに戦争の影すら消え去っていた。
復興に邁進するヨーロッパを象徴したのが若く輝かしい少年であるなら、
一方戦犯として日蔭に生きる女は同じように疲弊したヨーロッパを象徴していた。

ヨーロッパに生きる人々の諦めることない平和・統合への歩みを、
常々ある種の感動と驚きで見つめてきた。
本シネマで、またその想いを強くした。

主人公の元収容所女看守が背負う「教育の欠如」は
彼女の人格を貶めることなど全く無かった。
シェイクスピアに涙し、
ホメロスに心躍らせ、
ローレンスに憤る
・・その心に邪悪はあろうか?
そこに見えるのは、澄み切った精神、自由な感情だ。

ユダヤ人抹殺システムを考え出したのはむろん彼女なんかではない。
では、ユダヤ人の負担にならない死の選抜を与えること、それは罪なのか?
僕には結論が出せない。

ナチ体制はヨーロッパ自らが創りだした、
ヨーロッパそのものの細胞分裂でしかないものと理解したいものだ。
繰り返される悲劇、悲劇を再び作り出さないための統合、
その統合の完結に至る道はまだまだ遠く険しい。

その道すがら、少年の初恋は打ち捨てられ歴史の闇に消え去る。
愛を読む若き少年の声は艶を失う。

老婆心:
ケイト・ウィンスレットだから女の欲深さ、哀しみが演じられる。
ケイトだから、僕は一抹のやましさを感じながらこの醜い初恋を観つづけられた。

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