マンハッタン (1979)

文字数 1,320文字

【猫にマタタビ】 1980/6/28



モノクロ、パナビジョンの画面がこんなに美しいものだとは知らなかった。
とくに、ニューヨークの街を描写するのにはモノクロが似合うのかもしれない。
タイトル前のマンハッタン風景のカットの連続は、
思いがけず心の中まで迫ってくる映像美だった。

それは、ラプソディ・イン・ブルーの引き起こす昔ながらのニューヨークの哀愁とともに、
言ってみればシネマが表現できる極上の快感を僕に与えた数少ない例とも言える。
「マンハッタン」と言えばガーシュイン音楽が有名であることは承知していたが、
るほどこれはピッタリくる。
それにしてもガーシュインの連続はちと荷が重い気もする。

まとめるてみると、
「モノクロ」+「ガーシュイン」+「マンハッタン」の足し算をウッディ・アレンがやると、
こういう結果になるということだ。
実は《インテリア》で明白になったウッディのベルイマン志向が気がかりだったが、
幸いにも本作は軽快な洒落た都会風センスでまとめられていた。
無論、この洒落っけはニューヨークエスタブリッシュメント的なものではなく、
少なくとも意識的にインテリたらんとするユダヤ人の
冷めた眼で見られたものであることは言うまでもないことだが。
本品でも、ウッディの才能が目立ってしまう。

脚本、監督、主役を兼ねる多才な映画人も少なくないが、
彼ほど知的なシネマ像を追い求めている者は少ない。
彼の作品から嗅ぎ取ることのできる、
ハイセンスな悲しみや怒りなどの人間臭さは、どうにもたまらない魅力なのである。

これを称して「猫マタ(猫にマタタビ)シネマ」。

ストーリーはさして特別ではない。
マンハッタンの街にくりひろげられる中年男の恋愛、

マンハッタンだから甘く、
マンハッタンだから悲しく、
マンハッタンのように魅力的なのだ。

お決まりの離婚歴のある中年の主人公が愛するのが17歳の少女だったり、
親友の愛人だったり、
離婚した妻がレスビアンだったりで、
結構盛りだくさんではあるが、観客が驚くことでもない。

でも、彼が自分に正直に生きていこうとする姿には、感じるところがあるだろう。
みっとも良くない中年のチビで、ハゲの主人公ではあるが、
彼に生きていく資格がないわけではない。

失っていた人生の大切なことに気づいた彼の表情のすこやかさは、
スクリーンを超え通じるものだった。

主人公にそんな気持ちを抱かせたのは、17歳の少女トレーシー。
彼女の言葉「人間は案外健全なもの、私を信じて」
はシネマ中、もっともインテリ臭くない場面だった。

17歳、あどけない無垢の少女の発言と受け取ることもできるが、
ここがマンハッタンだけにそうは思えない。
「もっと人間を信用して欲しい」と言われて、
その気になる主人公だから、観客もうれしい気分になるのだ。

やはり男と女の関係はこうでなくちゃいけない。

ウッディをして「世界一の美女」と言わしめた
マリエル・ヘミングウェイのための映画とも受け取れるほど、
マリエルが美しく可憐に撮られている。
ダイアン・キートン、メリル・ストリープ、マイケル・マーフィの芸達者が揃っているが、
なんといってもウッディはうまい、彼には敵わない。
またもや、「猫マタ」的ウッディ・アレンの世界に参ってしまった。
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