父親たちの星条旗 (2006)

文字数 1,368文字

【クリントのトリビュート(その1)】 2007/2/7



こんなにも深く感動したのはなぜだろうか?
久々に拍手をしながらも、明るくなった館内で立ち上がれずにいた。
本シネマは今で言うマイブームとして過去数ヶ月にわたり
僕自身公開前から大いに盛り上がっていた反面、
クリント・イーストウッド監督の真の力量が問われる作品(作品群)になるだろう・・
という緊張感や不安が僕の中にちょっぴりあったのも事実だ。

原作は、
硫黄島すり鉢山頂上に星条旗を掲揚した写真に写っていたとされる6人の若者を中心とした硫黄島の戦いと、その後の彼らの人生を、生き残った衛生下士官の息子が父親の戦友たちから聞き取った膨大なインタビューで構成した全米ベストセラーだ。
この星条旗がダミーだったとか、掲揚した兵士は本当は誰だったのかといったミステリーも実は戦場によくある。

この原作からクリントは何を訴えてくるのか?この点が僕の関心のすべてだった。
僕の感想だが、《許されざるもの》、《ミリオンダラーベイビー》、《ミスティックリバー》で既存の正義、秩序の混乱の結果だとして底流にある人間を見つめてきた彼が、
本シネマで伝えたかったこととは、
戦争の時代に生きた若者と家族をありのままに再現することだった。
エンディングロールでは画面左に登場人物の名前と実際の写真、右側に俳優の名前が流れる。
当然容姿は違う筈だが、僕には同一人物に見えてくる。
そして、スタッフのクレジットの左画面には61年前の硫黄島の激戦のシーン、
シネマのテーマにもある英雄を利用した政府の国債販売キャンペーンなどの
実際の写真が映し出されるが、つい先ほど見た画面と酷似している。

クリントは時代考証のレベル以上の執念で、
このシネマに硫黄島と若者達の苦しみを蘇らそうとしている。
ノンフィクションの戦争小説に付き物の「高揚感」はまるで存在しない。
淡々と戦友の死、そして国家権力の無慈悲、愚かなる愛すべき大衆、
そして偉大なる母親が描かれていく。

クリントは、数多くの事実の中からメッセージを選んで僕らに伝えてくれている。
その映像の見せ方こそ彼の真の力量だった。
何度も使用されるフラッシュバックは、生還した兵士達の魂に呼びかけ、
生きながら死す運命を表現するに効果的だった。
戦闘シーンは本作のプロデューサーであるもスピルバークの名作
《プライベートライアン》との比較を楽しみにしていたが、
グレイ基調の乾いた画面の中でよりリアルに、しかし観念的に昇華していたと感じた。

今ここでストーリーすべてを紹介するつもりもないが、これは戦争アクションシネマではない。
戦争が引き起こすであろうはかり知れない悲劇が描かれている.。
「父親たちの星条旗」というタイトルは、
この島で生命を奪われ父親になれなかったすべての若者への
哀悼(トリビュート)であると理解した。

逆に若者達の母親と父親の描き方もぜひ注意して感じて観て欲しい。
クリントらしい、ぶっきらぼうな演出の中に、
きらりと光るシーンがいっぱい盛り込まれている。

戦後星条旗掲揚の写真に写っていた息子の真実を電話で聞く母親のシーン、
英雄といわれても差別に苦しみアルコールに逃避するインディアン青年のシーン、
ラストシーンにもなっている戦闘中に海で遊ぶ若者達のシーン。
彼らが20歳前後の男の子だったことを哀しまずにいられない。

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