血と骨 (2004)

文字数 830文字

【《パッチギ》と一緒に】 2007/7/7



【パッチギ】と続けて2作一度に観ました。

【パッチギ】は【ゲロッパ】に陶酔した僕のお待ちどうさまの期待作。
見事に僕の青春とシンクロしていて苦笑い、すこしやりすぎじゃないかい。
井筒さん得意のハチャメチャ喧嘩ストーリーの中で、どんどん盛り上げる作風は健在、
ホロッとさせるのもお上手なんだけど、今回は若手俳優起用のためなのか、浸透具合が浅かったのが心残り。
しかしです、
イムジン川の歌しか知らないまま団塊世代になってしまった僕に「在日」の問題提起をしてくれる井筒さんに感謝。
彼が信じる映画の存在価値の実践だと理解している。

そして本シネマ《血と骨》   
こっちは、・・・重い。

在日の社会的問題を一家族の問題の中に盛り込んでいる。
その真ん中に位置する主人公(ビートたけし)の怪物ストーリーだ。
朝鮮部落の怪物ストーリの表面側面に眼を瞑り、顔を背けていると、嫌悪感に置いてけぼりされるだけだ。
最後には焦点がずれ本シネマを誤解してしまう恐れがある。
主人公の暗黒部に巣食うサバイバル本能、知らないふりして疎むことなど出来ない。
こんなたけしの迫力ある渾身の演技をどう評価するか?
自らの心に問いただし、ギリギリと歯を食いしばって最後まで付き合ってみた。

先の《パッチギ》がフォーク・クルセダーズのBGMに乗ったポップな軽薄さのなかでの問題提起だったが、本作は時代が戦後すぐ、僕も薄らぼんやりとしか覚えのない全員が貧しい時期を背景としているとはいいながら、復興の希望からも隔った、なお暗く先の見えない生活から漂ってくる息苦しさは、正直苦痛である。
あろうことか、そこに暴力を溜め込んでその負のエネルギーを発散することで主人公は生きる、生き残る。

一方、僕のカタルシスは最後にいたっても解放されなかった。
そうなんだ、閉塞感をずっと道連れにしていた。
それが在日の苦しみ、悲しみか?・・・それも想像するに留まる。
とんでもない映画だ。

2作品に、カムサハムニダ。
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