運び屋 (2018)

文字数 650文字

【いつものハンサムなクリントがいた】  2019/3/8



監督・主演は久しぶり。
前作(「15時17分、パリ行き」)の不可思議な低迷から、
果たして戻ってくるのか、クリント? と心配していた。

大丈夫、見事にクリントらしい、観客(顧客)のためのシネマを作ってくれた、ありがとう。
予告編のコピーが相変らずクリントの老齢化をセールスポイントにしたもの
・・「人は永遠には走ることはできない」、不快だった。
できれば、そんな「老い」を売り物にした配給営業に
一発ぶちかましてくれないかと期待していた。

でも、素材が90歳の麻薬運び屋とくれば、できることはさほど無い
・・・とも心配していた。
やはり、老醜をさらけ出すのか?

シネマ前半はまさにそんな展開、ロバのように愚かな年寄りを顔のしわ一本一本に表現する。
見ていてつらくなってくる、88歳(実年齢)の口達者なお爺ちゃんがそこにしっかりといた。

ところで共演者がとても贅沢だ。
特にブラッドリー・クーパーとのシングル・コンバットのような掛け合いを見るころから、
クリントが変化してくる。
演技者と監督の望むべき最高のマッチング、顧客目線のカメラ、緊張とユーモアの融合。
哀れを催してもおかしくない物語が、崇高に感じられてくる。

家族と一緒に過ごすことが人生では一番大切だというメッセージを
クリントは「生」のまま僕に伝える。

久しぶりのアリソンとの共演、演技上手な最強の助演人たち、
クリント安住の地、WB、マルパソプロ、
今シネマから、クリントの心からのメッセージを感じた、
最後のメッセージを。
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