流浪の月 (2022)

文字数 939文字

【「空気」を感じる】 2022/5/16



本屋大賞(2020年)のシネマ化作品、お約束通りなのであるが・・・。
長年僕が執拗に訴えている「シネマと原作に横たわる山と谷」セオリーが通用しないのが、この本屋大賞シネマである。
ご存じのとおり、本屋大賞は本屋さん(店員さん)が読んでもらいたい・買ってもらいたい本ランキングで1位となった小説だから、原作の知名度・好感度がとても高い、シネマ化マーケティングもそこからスタートする。
僕はと言えば、好きな作家に固執する偏りの修正・安全弁として、この本屋大賞作だけはきちんとフォローしている。

過去の対象作品は、シネマ化一番のハードルであるマーケティングを見事にクリアできる一般受けするテーマ、揶揄すれば毒にも薬にもならないハッピーエンディング大作がずらりと並んでいる。
その本屋大賞作品が大きく変質し始めたのが2020年の「流浪の月」本シネマ原作からだった、票を投じる本屋さん自身が多様化してきたのだった。
原作「流浪の月」を読み終えて僕は様々な衝撃に翻弄されていた、そんな原作を再現するシネマ「流浪の月」、恐る恐る向かい合ってみた。

監督は李相日さん、「悪人(2010)」、「怒り(2016)」のテイストを予感したのも不思議はない、哀しいまでの人間の弱さを。
しかし、本シネマから流れ出る得も言われぬ《空気》に僕はあっという間に吞み込まれてしまう。 
美しさを切り取ることのない街の佇まいからは哀しいほどの日常の空気が、
涼しそうな風、清潔な室内、質素な食事、その静寂をかき乱す少女の奔放の空気が、
ケチャップの毒々しさ、アイスクリームの豊穣、黄色い水着の自由、終わりを予告する空気が、
気づまりな愛、典型を装う家族たち、繰り返される過去、災難の再来の空気が、

シネマは、そんな《空気》を映像に変える、その空気が僕に吹きかかってくる。
世間では受容も理解すらもされない愛のかたち、だから一人で生きていくしかないのに人と繋がりたがる心が切ない。
すべてを打ち捨てて手に入れた小さな自由に縋り付く二人がそこにいた。

シネマは原作を大きく超え独り立ちしていた、
そこには越えられない山脈も、埋められない峡谷もなかった。
松阪桃李さん、「娼年」に続いての体当たり演技、お見事でした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み