アーティスト (2011)

文字数 815文字

【曲者シネマにしてパーフェクト】 2012/4/8



モノクロ、無声シネマと高を括っていたら
不意打ちのような感動に襲われて狼狽えるほどであった。
不覚にも涙を流させたのは女優の一途さと、
それに裏腹な元スター男優の大人気ない意地のすれ違いだった。

本作の【売り】であるところの古き良き時代の人情物語よ・・・とは決して言い切れない。
そこには、目の肥えたシネマファンをも篭絡する
したたかな計算された仕組みがあちこちに見受けられた。

その中でも強烈な仕掛けは「トーキー」への渇望である。
現代の観客をかっての無声シネマのようにオーケストラBGMとセリフの字幕カットだけで
満足させることは到底できるものではない。
それは僕の事前の懸念項目であった。
3D映像もさることながら、現在の劇場の音響能力は質・パワーともに
無声シネマのそれとは
比較すらできない大きな進歩を実現している。
そんな設備に囲まれながら、
モノクロ、モノラルスクリーンにどれほどまで我慢できるものか?

実は本シネマは、逆に当初からそのフラストレーションを高めるかのように
無声シネマに徹する。
そして途中、映像にサウンドがシンクロするシーンが唐突に出現する。
トーキー化を拒否するスターが、
楽屋で音の世界を認識する象徴的場面であり彼の凋落の始まりをも暗示している。

追い討ちとして、落ちぶれ果てた元スターが世間の嘲弄に耐えるシーンでは
その嘲り、語り掛けがまったく字幕に現れない。
そんな一種焦燥感の中でストーリーは山場を迎え、
山を越え一挙にハッピーエンディングにいたる。

そしてラストシーン、
二人が実に楽しそうにタップダンスデュエットするそのシーンに、
なんといきなりタップの音が響く、響く。
監督の「カット」の声、プロデューサーの「パーフェクト」の賛辞の声、
かっての無声映画スターの声「もちろん喜んで・・」、
「なーんだ、彼とっても良い声しているじゃない」・・・観客は幸福に包まれる。
とんでもない曲者シネマだった

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