善き人のためのソナタ (2006)

文字数 802文字

【何度も繰り返し学ぶ必要がある】 2007/8/12



「善き人」の衣を着た権力交代宣言が胡散臭かった。
いまやEUの覇権を争う統合ドイツが総括した東ドイツの恥部。
「悪の秘密警察」と「抵抗する芸術家」の配置はいかにものレジスタンスパータン。
秘密警察の親分の悪徳ぶりは水戸黄門の悪代官、
秘密警察の冷血はゲシュタポイメージ、
方や、虐げられる作家、演出家、女優は高潔なインテリ、
ただし、この中間に位置する普通の市民は当然のようにまったく描かれてはいない。
しかしながら、
この定型が異色なのもむべなるかな、物語の時代は1984年~1990年、
日本はバブル経済真っ只中だった。
日本中が経済的自由を謳歌したこの間に、東ドイツでは独裁最終レベル、断末魔を迎えていた。
これを社会主義終焉などと言わないし、自由主義勝利ともいわない。
卑劣な権力行使の連鎖、上から下までびっしりの連鎖だった。
カリカチュアされた悪大臣も、「善き人」転向下級官吏も、
権力行使の意味合いでは双方とも正しい。
なぜなら、「権力は腐るもの」であるからして。

信奉する女優のために、与えられた権力を濫用する主人公をまさかヒーローとはいえない?
秘密警察の一人として、また尋問の専門官として生きてきた主人公は
簡単にいえば裏切り者じゃないか?
そして、仲間を密告して生き延びる反体制という名の権力志向者たち。
いっぽう、
権力は決してなくならない、どこかに移動するだけだ。
今ドイツに在る権力がこの主人公を「善き人」とするのは、
現在の権力にとっての正義だから。

ほかに何の意味があろう?
この権力争いの歴史をどれほど人類は繰り返してきたのだろうか?
何度も繰り返し学ぶ必要がある。
賢い人間とは生き延びる人間か?
そうであれば、主人公は賢かった。
権力を行使し、賢く将来を読み、仲間を裏切り、反権力に保険までかけた。

最後、ストップモーションに見た彼の微笑みは、
「善き人」の笑みとは程遠かった。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み