落下の解剖学 (2023)

文字数 726文字

【夫婦・家族・人間を腑分けする 】




レイヤードな構成のみならず、フランスシネマならではの感情の迸る俳優さんたちの演技に魅了されたシネマらしい名品だった。

と言っても物語はとてもシンプルだった。
ドイツ人とフランス人の作家カップルがグルノーブルで新しい生活を始める。
ひとり息子の事故と障害、経済的困窮から二人の結婚環境は破綻にさらされている。
シネマは、冒頭夫の死からスタート、その後の裁判経過がすべてということだ。

殺人罪で起訴された妻が無罪を勝ち取るまでの事細かい裁判経過、わざわざ映像にするまでも無いと一瞬感じたが、目の不自由な息子、愛犬という遺された家族にまつわるエピソードが次々と明らかにされるのはやはり映像の力無くしては考えられない。

法律の素人としてではあるが、殺人事件として審理するには最初から無理なところが山積みだったので、結末は至極自然だった。
ではどこがレイヤードな構成だったというのか。

審理の中で 夫の考えたプロットで妻が小説を書いた、夫殺しの小説を書いた、常に夫を追い詰めていたなどの証言から、 証拠はないものの妻が犯人であるという方向に顧客を誘導しながら、最後の一手で自殺に決着する展開になっているだけではなくシネマの終了後、でも妻が夫を自殺に追いやったのだろうな、でもその罪は問われることもないけれど、と僕は気づく。

二人で理想を追い求めたのに脱落した夫。
それでも作家の夢を捨てきれなく頑なに自己主張する夫は大事な家族(夫を除いた)には脅威以外の何物でもなかった。
やはり夫は妻に殺されたのだろう。

たった一人の自殺の観点から、今生きる人間・夫婦・家族を腑分けしていた、アカデミーノミネートは伊達ではなかった。
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