遙かなる山の呼び声 (1980)

文字数 1,526文字

【ハンカチは永遠なり】 1980/4/28



山田洋次監督が、この北海道の自然を映像に切り取りたくて堪らなかった
・・の「想い」が本シネマを貫いてる。

描かれた夏の雄大な北海道はまさに夢の如し。
あぁ、このシーンが撮りたかったのだなぁと思わせるような絵が、
悪く言えばうんざりするほど登場してくる。
夏の緑と青い青い空・・・夕焼けを背にした馬上の男と子供・・・霧にけむる牧場の夜明け。

しかし決して北海道の風景が主役ではない。
いろいろな意見もあろうが、本シネマは倍賞千恵子のシネマだ。
一般的見方としては、《幸福の黄色いハンカチ》路線、
パートⅡ的位置づけと思われがちであるが、
今回はまぎれなく倍賞千恵子の為の作品であり、
健さんは「腐れ縁」(失礼)出演というところか。

チーコがうまい。
実在感ある女性を演じてNO.1の貫禄さえにじみ出てきた。
今回強力な男優陣相手に、思う存分力量を発揮できたことは
彼女にとって本望であり、貴重な実績だった。
ここも、山田監督の狙いであったに違いないが、
その意図にすかさず応えるチーコもたいしたものだ。

企画自体(・・黄色・・)撮影時に立てられたと聞くだけあって、
随所に《・・黄色・・》と重なるイメージが組み込まれている。
これは手抜きなどではなく、山田監督独特のサービスであり思いやりであろう。
その分、物語り全体が甘く、いわゆる都合の良いストーリー展開となって
《・・黄色・・》で常に流れていた緊張感が足りない不満を覚えた。

おそらく北海道の自然というテーマから入った避けられない軋みのようなものだろう。
同様に、イメージタイトルともいえる《遥かなる山の呼び声》もまるで説得力を持たず、
結局は《・・黄色・・》の前日談のようなラストにしてしまっている。

だが、こんなことはまったく気にならないし、逆に嬉しくさえ思われる。
本シネマのラストが、図らずも「愛の出発」となり、
《・・黄色・・》のラストは「愛の再出発」であったことは、
山田式観客サ-ビス精神の面目躍如というところだ。

何回も引合いに出すが、
結局「幸福の黄色いハンカチ」があって、本シネマが存在する。
山田監督もそこをきっちり押さえた上でサービスしてくれる。
武田鉄也が新車で登場するのも、
渥美清が獣医に扮するのも、その意味で重要である。
彼らは今回まったくの友情出演であり、ストーリーにおける重要性などはまったくない。
鉄也のギャグにいたっては、なんと前回と同じだ。

そのようなハンカチ組とは別に輝いていたのが、ハナ肇である。
儲け役でもある単純な男っぽい設定は、
「静」の健さんを見事に際立たせていた。
よく思い返せば、ハナの役は、まさにあの「馬鹿シリーズ」のキャラクターそのまま。
馬鹿をハナが忠実に再現する。
観ていて妙な感覚を覚えてくる。

そう、
これは山田洋次が創った自然のなかで、
山田洋次が創った人間たちが、
まるでアニメーションの世界のなかのように動きまわり、
観客を感動させてくれる物語なのだ。

無論、そのなかにあっても倍賞千恵子への思い入れは前述の通り別格だ。
彼女が演じた女性の心の息遣いがスクリーンから聞こえてきたといえばオーバーだろうか?

ラスト近く、健さんを家の中に入れようとする時の表情の移り変わりはお見事。
女に戻った艶かしさ、軽い失望、一転して恥じらい、そして本音としての落胆。
列車の中でのハナとの会話は、シネマ随一の見せ場だ。
チーコの涙の笑顔は条件抜きの美しさだった。

この名場面、観客を泣かせるシーンであるが、
肝心の健さんまでが泣き出しては締まらない。
まして、泣き出した健さんにチーコが差し出すのが「黄色いハンカチ(ガーゼだけど)」とは、チョットやりすぎ。

おかげで僕は泣かなかったものの、山田監督最後までの心配りは、憎い。

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