ONODA 一万夜を越えて (2021)

文字数 973文字

【小野田さん、あなたを忘れない】 2021/10/8



1974年 小野田少尉がフィリピンで見つかったというニュースは、ちょうど初めての
子が生まれる前だった、当時の記憶は、だから単純な驚きに終わってしまった
・・・なんで今まで戦争していたのか?? という程度の。

今になって、小野田少尉の戦争が克明にシネマになると知り、改めて情報を
整理したりしてみると、彼は僕の父親のひとつ歳上だったことを知る。
ということはこの時、父が孫を手にしようとしていたのに彼はまだ戦争をしていた。
数少ない戦友を次々と失い何のために戦争をしているのかを毎日自問しながら、それでも軍人の誇りをもって上官の命令に従っていた。
戦争が終わって30年が経っているというのに、日本人は戦争の責任を忘れ、あるいは隠し、そして知らないふりをしているというのに。

そんな戦争責任をすっかり忘れ去った日本に届いた、EUからのありがたいメッセージが本シネマだった。
いまだに、あの戦争の責任を審らかにしない国は、だから新しい理念をもって国を作ることができないままでいる。
先日の「MINAMATA」も本シネマと同じように日本人以外の視点で描かれていた、つまり本シネマを日本人が創ることは到底叶わなかった。
物語りは、しかしながら、国家、軍部、政治などの出番はまるでなく、淡々とルバン島での小野田少尉の情報収集撹乱作戦を追いかける。
島民の食糧を略奪し、その際に民間人を殺害するエピソードも、そのままリアルに描かれる。
戦争終了後の戦闘行為の是非が論議されたことが思い出された・・・「命令に従ったまで」という決まり文句があったような気もする。
しかし本シネマは、小野田少尉の採らざるを得なかった行為の根拠を、中野学校の講義内容にまでさかのぼって丁寧に説いていく。
「どのような手段を持ってしてでも生き残り、援軍を待て」という送別の辞を小野田少尉は決して忘れなかった。
その命令を下した中野学校教官を演じたイッセー尾形さん、前述の「MINAMATA」でチッソ社長を演じた國村隼さんとともに、戦後日本のねじ曲がった敗戦構造に基づく国体を具現化してくれた、いずれも国民のための視点に欠けていた。

小野田少尉を演じたお二人(遠藤雄弥、津田寛治)の熱演に僕は胸が詰まった。
あなたが戦友を忘れなかったように、僕もあなたを決して忘れない。
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