ワルキューレ (2008)

文字数 830文字

【その時歴史は何も動かなかった】 2009/3/21



その時歴史は動かなかった。
ヒットラー暗殺未遂として著名な「7月20日事件」を克明に再現した本シネマ、
図らずもドイツのアイデンティティを明らかにしてくれたのが興味深い。

なぜ、この暗殺が失敗に終わったのかを愚直なまでに説明するなかで、
トムが実行責任者シュタウヘンベルク大佐を演じる。
ドイツにはヒットラー以外の人間がいたことを歴史に刻む・・・
という想いに執着する主人公、彼は正真正銘のヒーローであった。
トムが実在したヒーローを演じてみたいと念じた
俳優としての気持ちは察するに余りある。
彼自身も何かをシネマ史に残したかったのだろう。

繰り返すが、
本シネマはかなりの部分ドキュメンタリー手法で暗殺計画を再現する。
多くの証言、証拠ですでに解明され尽くした事件であるが故、
いまさら大きな逸脱はありえない。
もしかして、歴史的事実を変更する・・・そんな手法の作品かと、
ちょっぴり期待しないこともなかったが、
ストーリーは淡々と時系列で事件の流れを説明していく。

この手法は間違いなく退屈だ。
歴史事実として結末を知っている観客にとってカタルシスなど皆無、
やるせなさの残滓に満ちる。

エンディング、
反ナチズムの英雄として主人公たちが戦後名誉回復するエピソードテキストすら沈鬱だった。
ヒットラーと国家社会主義に忠誠を誓約した軍人たちの律儀なる心根がナチを延命させた。
このワルキューレ作戦の悲劇は命令書にシンボル化されたドイツ陸軍のゆるぎない無謬性と、
将兵の心にうごめく閉塞感と保身とのせめぎ合いに終始してしまう。

こんな想いでトムをみつめていた。
確かに、その時歴史は何も動かなかった。

今ドイツではナチズムそのものが禁止されている。
だが、ヒットラーに政権を託したのもドイツ、
国家繁栄をハーケンクロイツに象徴させたのもドイツ、その国民だった。

虫けらのように殺戮された7月20日暗殺事件関係者たち。
国家のありようを今一度考え直すにはいい機会だった。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み