おくりびと (2008)

文字数 747文字

【偉大な矛盾、それは「死」】 2008/9/15



この年になると、家族の旅立ちも何度か経験しているが、
「納棺師」なる職業の方にお目見えしたことはない。
シネマの中でも説明されていたようだが、これは家族内の儀式だ。
この超すきま産業(これは登場者の言葉)が存在するのも、
その職に素人が適応し極めていく経過も、どちらも新鮮な驚きだった。
納棺師という記号のもと、
もっくんが見事な立ち振る舞いを、真摯な眼差しを披露した裏には、
納棺師業界の陰謀ではないか・・・?
と詮索するほどのプロモーションぶりであった。
そんなことは実はどうでもいい。

このシネマに興味を持った観客は、
何かしら「死」を意識して劇場に集い、
それぞれ自分の心の底を覗いていたような気がする。
劇中では軽妙に数々の納棺の儀式を描いている。
人間の数だけ死がある限りそれも真実。
主人公夫婦が、夫の職業について口論するとき、
「いつか必ず僕も死ぬ、君も死ぬ・・・これが現実だ」と夫が説得しても、
妻は「それは理屈だ」と切り捨てる。
職業の貴賎は現実を前にして堂々とまかり通る。

かように人は「死」の影すら忌み嫌う。
しかし結局人は「死」の覚悟をしなければいけない。
本シネマのひとつの効能は、この「死の覚悟」である。

もうひとつの功徳は、
「死」を媒介とした親と子のつながりだ。
長い歴史のなかで、繰り返されてきた親子の断絶、
死を境として慈しみあい折り合うことの哀しさ。
主人公の父から孫に引き継がれていく「石文」の重さに
人の想いの至らなさを痛感した。
それでも「死」は人を許し、人を愛に目覚めさせる
・・・なんという矛盾だろう。

チェロ弾きの納棺師とは贅沢な設定だ。
主人公の類稀な優しさは音楽に磨かれた繊細さと相まって何ものをも魅了する。
僕もこんな納棺師に面倒をみて貰いたいものだ。

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