007/ムーンレイカー (1979)

文字数 990文字

【気になるジョウズ】 1979/12/20



前作(私を愛したスパイ)の出来が思いがけずよかったので今回はロ-ドショー鑑賞。
当初007の楽しみだった「上質のスパイアクション」はとっくの昔に諦め、007は二番館でというのが近年の習慣だった。 
じゃ、前作は何が面白かったのかと自問しても、よくわからない。内容すら思い出せない。

そう、これこそ、007の楽しみ方の基本なのだ。
今回で11作目ともなればひととおり考えられるアクションシーンは実現され、お楽しみは「どんなアクションが」ではなく「アクションがどのように・・」、いわば観客へのサービス精神の度数がキーになってくる。
観客としては、このサービスをしっかりと受け止めなければいけない・・と分かっていても次から次へと趣向を凝らした見せ場があると、いつしか僕などは感性を鈍らせてしまい、「この程度にはまだまだ・・」などと娯楽を求める素直さを失くしてしまっている。
律儀な007ファンのつもりだった僕も、気がつくと、大作至上主義とでも称する魔物に憑り付かれていた。
大掛かりなシネマと、その内容の完成度は根本的に別だというのに。

今回の《ムーンレイカー》は、恒例お正月作品として、ご祝儀程度のお世辞は言えるが、ずばり期待はずれ。
唯一切れ味を感じたのはタイトル前のショートストーリー:
空中のアクションも使い古されたアイデアだが、パラシュート無しのスカイダイブにはびっくり。スタント実写とプロセス特撮のバランスがよくあいまって、迫力の落下だった。
よく夢で見るあの落下感覚に通じる恐怖、名場面集に残したいシーンだった。

今作、ワルの頭領は、ワンパターン国民服のマイケル・ロンズデール、彼ならではの演技プランは好印象だ。ボンドガール、ロイス・チャイルスは今が最盛期の溢れる美しさ。もうひとりのコリンヌ・クレリーが色気不足だったのと対照的だった。
御大ロジャー・ムーア、以前から気になっていた「強さを感じさせないボンド」イメージを、とうとう確立してしまった。
まぁ、大作主義にはぴったりかも知れないけど。

問題はジョウズ君(リチャ-ド・キール)だろう。
前回に続いての登場で、とうとうボンドを助けるまでに出世した。
ボンドを助けるのは常に美女と相場は決まっていたのにこれは大変革だった。
また次も出てきそうだ。
フレミングの原作も尽きそうだし、いっそ、「ジョウズ Ⅲ」でも企画してみてはどうだろう。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み