【冷たい墓石で鬼は泣く~百弐~】
文字数 674文字
昔話というのは良くも悪くも感情を揺さぶられるモノだ。
美しい昔話はより美しく、汚れた昔話はより汚れて。あの時の喜びはより喜ばしく、あの時の怒りはより苛烈に。すべてがその時よりも大きく強くなって頭の中にこびり付く。そして、それは生きれば生きるほどに強まって行く一方なのはいうまでもない。
「そうだったのか......」長らく沈黙していた笠の男はいった。「しかし、アンタは再び武田家を飛び出した」
わたしは静かに頷いた。その理由は単純だった。猿田源之助の死。それがわたしには衝撃的過ぎたのだ。あの男が死ぬはずはない。いまだにそう思い続けている。川越の松平家は盗賊の襲撃によって崩壊したとは聴いたが、猿田源之助は生きていた。というより、あの男は閻魔から死を拒絶されている。そんな男が死ぬはずがないーー
「おれは死んだぜ」
ふと、そんな声が聴こえた気がした。その声は懐かしい声ーー馬乃助。辻斬り、浪人、用心棒。修羅のような武術の腕を持った我が弟。考えてみれば、あの男ほど死から最も遠かった者もいなかった。きっと、死んでも閻魔から黄泉の世を追放されているに違いないくらいに手がつけられない男。しかし、そんな馬乃助も死んだ。わたしもこの目でヤツの死をしかと見届けた。以降、当たり前だが、ヤツの姿は見ていない。
しかし、もしかしたら、弟はまた突然にわたしの前に現れるのではないかとも思っている。あの時、実は死んでおらず、生き延びて、またわたしの前にーー。とはいえ、相手は猿田源之助。鬼を殺せるのはまた鬼のみ。
わたしは吹雪の吹く夜の景色を呆然と見つめた。
【続く】
美しい昔話はより美しく、汚れた昔話はより汚れて。あの時の喜びはより喜ばしく、あの時の怒りはより苛烈に。すべてがその時よりも大きく強くなって頭の中にこびり付く。そして、それは生きれば生きるほどに強まって行く一方なのはいうまでもない。
「そうだったのか......」長らく沈黙していた笠の男はいった。「しかし、アンタは再び武田家を飛び出した」
わたしは静かに頷いた。その理由は単純だった。猿田源之助の死。それがわたしには衝撃的過ぎたのだ。あの男が死ぬはずはない。いまだにそう思い続けている。川越の松平家は盗賊の襲撃によって崩壊したとは聴いたが、猿田源之助は生きていた。というより、あの男は閻魔から死を拒絶されている。そんな男が死ぬはずがないーー
「おれは死んだぜ」
ふと、そんな声が聴こえた気がした。その声は懐かしい声ーー馬乃助。辻斬り、浪人、用心棒。修羅のような武術の腕を持った我が弟。考えてみれば、あの男ほど死から最も遠かった者もいなかった。きっと、死んでも閻魔から黄泉の世を追放されているに違いないくらいに手がつけられない男。しかし、そんな馬乃助も死んだ。わたしもこの目でヤツの死をしかと見届けた。以降、当たり前だが、ヤツの姿は見ていない。
しかし、もしかしたら、弟はまた突然にわたしの前に現れるのではないかとも思っている。あの時、実は死んでおらず、生き延びて、またわたしの前にーー。とはいえ、相手は猿田源之助。鬼を殺せるのはまた鬼のみ。
わたしは吹雪の吹く夜の景色を呆然と見つめた。
【続く】