【藪医者放浪記~漆拾捌~】
文字数 1,043文字
思い込みというのは怖いモノだ。
それが「そういうモノである」と勝手に認識し、かつそうであることを前提に話が進むと、それが当たり前のこととなってくる。だが、それが実は違いましたとなれば、まるで座った場所の底が突然抜けるようなモノ。
「医者じゃない!?」寅三郎は声を上げた。「一体どういうことです!?」
猿田源之助は牛野寅三郎に声を小さくするように動きで伝えた。茂作はあたふたするばかりだった。寅三郎はハッとしつつ素直に声を殺した。それから声を潜めて、
「この御方が医者じゃないってどういうことか!?」
「そのままの意味ですよ」猿田はいった。「きっと何かの手違いでここまで連れて来られてしまったのでしょう」
寅三郎は「はぁ、そうでございましたか......」と呆れ気味にいい、「しかし、......ええっとーー」
「おれの名前か?」と茂吉。「茂吉だよ」
「その、茂吉殿はどうしてここにおられるんで、というか、何故医者だなんてウソを?」
茂吉は最初こそ黙り込んでいたが、観念したように口を開いていった。自分が江戸から観光で来た人間で、現在は何の職もないこと、犬吉が突然押し掛けて来て、自分のことを医者だと勘違いしたこと、お涼とはケンカ中の身で、お涼が犬吉に茂作が医者だとウソを教えたこと、何度も違うといおうとしたが、財宝に負けたのと、違うといったら守山勘十郎に切り捨てられるのではと思ったことーーすべてを正直に話した。
「そうだったんですか......」
猿田はいった。と、茂作は、
「え、アンタ気づいてなかったの!?」
「いいえ、アナタが医者ではないことは何となく気づいていました。そもそもお咲の君が仮病を使ってるのを病気だという時点で変でしたし、何よりいっていることがデタラメで、しかも何かにつけて仕事をしようとしないし、それにーー」
「わかった」茂作はピシャリといった。「もう、いうのは止めてくれないか......」
茂作は見てわかるほどにショボンとしてしまった。ちょっと図星をつき過ぎてしまったらしい。猿田もちょっといい過ぎたのを自覚し、寅三郎は少し笑いを堪えていた。
「それはさておき」茂作はいった。「おれはこれからどうすればいいんだ?」
これには猿田も寅三郎も困り果ててしまったらしい。ここで逃がしてもいいのだが、それはそれで女房のお涼のきまりが悪い。となると、下手に動くのはよろしくない。と、突然、猿田はハッとした。
「寅三郎殿、少しお手伝い願えませんか?」
寅三郎は表情で疑問を呈した。
【続く】
それが「そういうモノである」と勝手に認識し、かつそうであることを前提に話が進むと、それが当たり前のこととなってくる。だが、それが実は違いましたとなれば、まるで座った場所の底が突然抜けるようなモノ。
「医者じゃない!?」寅三郎は声を上げた。「一体どういうことです!?」
猿田源之助は牛野寅三郎に声を小さくするように動きで伝えた。茂作はあたふたするばかりだった。寅三郎はハッとしつつ素直に声を殺した。それから声を潜めて、
「この御方が医者じゃないってどういうことか!?」
「そのままの意味ですよ」猿田はいった。「きっと何かの手違いでここまで連れて来られてしまったのでしょう」
寅三郎は「はぁ、そうでございましたか......」と呆れ気味にいい、「しかし、......ええっとーー」
「おれの名前か?」と茂吉。「茂吉だよ」
「その、茂吉殿はどうしてここにおられるんで、というか、何故医者だなんてウソを?」
茂吉は最初こそ黙り込んでいたが、観念したように口を開いていった。自分が江戸から観光で来た人間で、現在は何の職もないこと、犬吉が突然押し掛けて来て、自分のことを医者だと勘違いしたこと、お涼とはケンカ中の身で、お涼が犬吉に茂作が医者だとウソを教えたこと、何度も違うといおうとしたが、財宝に負けたのと、違うといったら守山勘十郎に切り捨てられるのではと思ったことーーすべてを正直に話した。
「そうだったんですか......」
猿田はいった。と、茂作は、
「え、アンタ気づいてなかったの!?」
「いいえ、アナタが医者ではないことは何となく気づいていました。そもそもお咲の君が仮病を使ってるのを病気だという時点で変でしたし、何よりいっていることがデタラメで、しかも何かにつけて仕事をしようとしないし、それにーー」
「わかった」茂作はピシャリといった。「もう、いうのは止めてくれないか......」
茂作は見てわかるほどにショボンとしてしまった。ちょっと図星をつき過ぎてしまったらしい。猿田もちょっといい過ぎたのを自覚し、寅三郎は少し笑いを堪えていた。
「それはさておき」茂作はいった。「おれはこれからどうすればいいんだ?」
これには猿田も寅三郎も困り果ててしまったらしい。ここで逃がしてもいいのだが、それはそれで女房のお涼のきまりが悪い。となると、下手に動くのはよろしくない。と、突然、猿田はハッとした。
「寅三郎殿、少しお手伝い願えませんか?」
寅三郎は表情で疑問を呈した。
【続く】