【明日、白夜になる前に~伍拾参~】
文字数 2,288文字
里村さんからのメッセージを見せた時、宗方さんは表情を強張らせた。
それも当たり前だろう。今はわからないが、元々はぼくに対して好意を持っていたと思われる相手だ。別の女性とのメッセージのやり取りなんて、見たいとは普通なら思わないだろう。
ぼくとしても出来ればそんなことはしなかった。だが、ぼくは相談相手が欲しかった。
自分ひとりで問題を抱え、何の解決の糸口もなく圧殺されるよりは、誰かと話を共有して、少しでも解決の糸口を探ったほうが、まだクレバーだろうと思ったのだ。
宗方さんを傷つけるかもしれない。そんなことは承知の上だった。とはいえ、里村さんはぼくの彼女でもないし、今後、ぼくと付き合う予定もない。そんな相手のことならば、そこまで気にすることもないはずだ。
退社後、宗方さんより先に会社を出たぼくは、駅近くの通りにあるフランチャイズの居酒屋へとひとりで潜り込んだ。
案内に現れた店員が席に誘導しようとする前に、あとでひとり来ると前置きした後に、ぼくは店員にいくつかの注文をつけた。
それは、奥側の席、座敷ではない個室、トイレに比較的近いが、トイレからは死角になる、というモノだった。
特に意識してそうしたワケではなかった。だが、改めて考えると、誰かの目というのを気にしてそうしたのだろうと自分でも思える。
店の奥側というのは、単純に他の客のにぎわいで、自分と宗方さんの声が掻き消されるだろうと思ったからだった。
座敷ではない個室、というのも同じ理由から。座敷席は店内の奥側に位置していることが多い。だが、座敷席ではとなりに誰がいるかまるわかりだし、人が密集しているとはいえ、ちょっとした注意力を働かせれば会話も簡単に筒抜けになってしまう。
そして最後、トイレに近いが死角になるという点。これは、トイレに立った時に人目に付きづらくなるという理由で、だ。
便意は生理現象。どう足掻いても逃れることは出来ない。そのために、用を足すリスクを可能な限り潰さなければならない。
だが、逆にトイレ近くの席は人目にもつきやすい。だからこそ、トイレ近くでかつ、トイレからは死角になる席である必要があった。
店員はぼくの要望に対し、一瞬顔を曇らせ掛けたが、少々お待ち下さいといって少し奥へ引っ込んだ後に、席へと案内してくれた。きっと、店の奥でぼくのことを変な客といっていることだろうけど、そんなことはどうでもいい。
席につくと、ぼくは会社にいる宗方さんに現在地と席の場所を伝えた。
会社にいる、とはいえそれはあくまで待機させているという意味だ。外に立ちすくんでいては、社内外問わず、たくさんの人の視線にさらされることとなるからだ。
他に誰かを呼ぶかと訊ねられたけど、それも拒否した。別に他人を信用していないワケではないが、こういった話はなるべく狭い範囲で留めておくほうが安全だ。
宗方さんが来ると、適当に料理とドリンクを注文した。とはいえ、アルコールは厳禁。今は判断力を落としたくはない。彼女には特に強要はしなかったが、彼女もぼくに従い、ノンアルコールで通した。
食事が始まってから、ぼくは彼女に、食事に誘った理由を話し始めた。
「なるほど……、で、その里村さんのメッセージが可笑しい、ってことですね」
ぼくは静かに頷いた。
「うん。で、これがそうなんだ」
といって、ぼくは宗方さんに彼女とのメッセージのやり取りを見せた。とはいえ、恥ずかしいやり取りに関してはメッセージを削除してあるので、完全な状態で彼女のメッセージの傾向を見定めるのは難しいだろうけど、大方の傾向と照らし合わせてズレていれば、それでいい。
宗方さんは顔を強張らせながら、ぼくと里村さんのやり取りを眺めている。
「うーん、確かにこの新しいメッセージと昔のとでは感じが違いますね。それこそ……」
「別の人が代理で打ったような」
宗方さんはコクりと頷く。
「メッセージの感じから何となくわかるんですけど、その里村さんという方はそういった話し方をなさることはないんですか?」
ぼくは宗方さんがしたように頷いてみせる。
「うん。少なくともおれ相手にそういう甘い感じのことをいうことはないね。というか、このメッセージ、何というか……」
ぼくはその先をことばにするのを躊躇う。そして、それを回避するように、
「このメッセージを見て、宗方さんはどんな印象を受ける?」
「え!?」宗方さんは驚き、それからぼくから視線を外していう。「……何でしょう。斎藤さんのことが、好き? といった感じでしょうか……」
まるでそのことに恐れを抱いている、とでもいわんばかりのいい草だった。ぼくは、
「うん……、そんな感じがするよね」
「あのッ!」宗方さんの声が妙に上擦ったように、強張ったように発される。「……ひとつ、訊いてもいいですか?」
宗方さんのことばから、深刻さが伺える。ぼくはちょっと心配になり、何があったのか訊ね返す。と、宗方さんは少し黙り、それから、
「あの、里村さんと斎藤さんは、どのようなご関係なんですか……?」それからいい直すように、「その! つまり、斎藤さんは里村さんのことを好き、なんですか……」
最後のほうは殆ど消え入っていて聞き取れなかった。難しい質問だ。ぼくは口を横一文字に結んで考える。だが、ぼくはいう。
「友人、だよね。それに里村さんには彼氏がいるし、彼女もおれを男としては見てないよ」
そう伝えると、宗方さんは何処か安堵したように「そうなんですね……」と息をつく。
だが、ぼくはそんな彼女と裏腹に、いやな予感を感じていたーー
【続く】
それも当たり前だろう。今はわからないが、元々はぼくに対して好意を持っていたと思われる相手だ。別の女性とのメッセージのやり取りなんて、見たいとは普通なら思わないだろう。
ぼくとしても出来ればそんなことはしなかった。だが、ぼくは相談相手が欲しかった。
自分ひとりで問題を抱え、何の解決の糸口もなく圧殺されるよりは、誰かと話を共有して、少しでも解決の糸口を探ったほうが、まだクレバーだろうと思ったのだ。
宗方さんを傷つけるかもしれない。そんなことは承知の上だった。とはいえ、里村さんはぼくの彼女でもないし、今後、ぼくと付き合う予定もない。そんな相手のことならば、そこまで気にすることもないはずだ。
退社後、宗方さんより先に会社を出たぼくは、駅近くの通りにあるフランチャイズの居酒屋へとひとりで潜り込んだ。
案内に現れた店員が席に誘導しようとする前に、あとでひとり来ると前置きした後に、ぼくは店員にいくつかの注文をつけた。
それは、奥側の席、座敷ではない個室、トイレに比較的近いが、トイレからは死角になる、というモノだった。
特に意識してそうしたワケではなかった。だが、改めて考えると、誰かの目というのを気にしてそうしたのだろうと自分でも思える。
店の奥側というのは、単純に他の客のにぎわいで、自分と宗方さんの声が掻き消されるだろうと思ったからだった。
座敷ではない個室、というのも同じ理由から。座敷席は店内の奥側に位置していることが多い。だが、座敷席ではとなりに誰がいるかまるわかりだし、人が密集しているとはいえ、ちょっとした注意力を働かせれば会話も簡単に筒抜けになってしまう。
そして最後、トイレに近いが死角になるという点。これは、トイレに立った時に人目に付きづらくなるという理由で、だ。
便意は生理現象。どう足掻いても逃れることは出来ない。そのために、用を足すリスクを可能な限り潰さなければならない。
だが、逆にトイレ近くの席は人目にもつきやすい。だからこそ、トイレ近くでかつ、トイレからは死角になる席である必要があった。
店員はぼくの要望に対し、一瞬顔を曇らせ掛けたが、少々お待ち下さいといって少し奥へ引っ込んだ後に、席へと案内してくれた。きっと、店の奥でぼくのことを変な客といっていることだろうけど、そんなことはどうでもいい。
席につくと、ぼくは会社にいる宗方さんに現在地と席の場所を伝えた。
会社にいる、とはいえそれはあくまで待機させているという意味だ。外に立ちすくんでいては、社内外問わず、たくさんの人の視線にさらされることとなるからだ。
他に誰かを呼ぶかと訊ねられたけど、それも拒否した。別に他人を信用していないワケではないが、こういった話はなるべく狭い範囲で留めておくほうが安全だ。
宗方さんが来ると、適当に料理とドリンクを注文した。とはいえ、アルコールは厳禁。今は判断力を落としたくはない。彼女には特に強要はしなかったが、彼女もぼくに従い、ノンアルコールで通した。
食事が始まってから、ぼくは彼女に、食事に誘った理由を話し始めた。
「なるほど……、で、その里村さんのメッセージが可笑しい、ってことですね」
ぼくは静かに頷いた。
「うん。で、これがそうなんだ」
といって、ぼくは宗方さんに彼女とのメッセージのやり取りを見せた。とはいえ、恥ずかしいやり取りに関してはメッセージを削除してあるので、完全な状態で彼女のメッセージの傾向を見定めるのは難しいだろうけど、大方の傾向と照らし合わせてズレていれば、それでいい。
宗方さんは顔を強張らせながら、ぼくと里村さんのやり取りを眺めている。
「うーん、確かにこの新しいメッセージと昔のとでは感じが違いますね。それこそ……」
「別の人が代理で打ったような」
宗方さんはコクりと頷く。
「メッセージの感じから何となくわかるんですけど、その里村さんという方はそういった話し方をなさることはないんですか?」
ぼくは宗方さんがしたように頷いてみせる。
「うん。少なくともおれ相手にそういう甘い感じのことをいうことはないね。というか、このメッセージ、何というか……」
ぼくはその先をことばにするのを躊躇う。そして、それを回避するように、
「このメッセージを見て、宗方さんはどんな印象を受ける?」
「え!?」宗方さんは驚き、それからぼくから視線を外していう。「……何でしょう。斎藤さんのことが、好き? といった感じでしょうか……」
まるでそのことに恐れを抱いている、とでもいわんばかりのいい草だった。ぼくは、
「うん……、そんな感じがするよね」
「あのッ!」宗方さんの声が妙に上擦ったように、強張ったように発される。「……ひとつ、訊いてもいいですか?」
宗方さんのことばから、深刻さが伺える。ぼくはちょっと心配になり、何があったのか訊ね返す。と、宗方さんは少し黙り、それから、
「あの、里村さんと斎藤さんは、どのようなご関係なんですか……?」それからいい直すように、「その! つまり、斎藤さんは里村さんのことを好き、なんですか……」
最後のほうは殆ど消え入っていて聞き取れなかった。難しい質問だ。ぼくは口を横一文字に結んで考える。だが、ぼくはいう。
「友人、だよね。それに里村さんには彼氏がいるし、彼女もおれを男としては見てないよ」
そう伝えると、宗方さんは何処か安堵したように「そうなんですね……」と息をつく。
だが、ぼくはそんな彼女と裏腹に、いやな予感を感じていたーー
【続く】