【明日、白夜になる前に~伍拾玖~】
文字数 2,257文字
焼ける肉の音は、まるで神経がキリキリと締まっていく音のようだった。
それなりの時間炙っていたせいもあり、肉には幾分の焦げが発生しており、その苦味のあるにおいが鼻についた。
盗聴。まさかそんなことが。
ぼくは一度咳払いをして、自分の会社での仕事のことについて話し出した。里村さんはキョトンとしていたが、ぼくが躊躇いもなく話すモノだから、仕方なく聴かざるを得ないといった様子で曖昧に頷く。
ぼくはしゃべりながらスマホをいじる。しゃべりながらだと操作が難しい。やはり口から出ることばが先行してしまい、脳が指に伝える指令が届きづらくなっている。
ぼくはスマホをいじり終えると、話を続けたまま彼女に自分のスマホを差し出す。と、彼女は思わず「えっ」と声を漏らす。
ぼくは話を続けながらもジェスチャーで彼女に静かにするように促し、それから指でスマホを差す。と、彼女はギコチナく頷き、スマホを手に取って操作をする。
操作をし終えると彼女はぼくのほうにスマホを差し出して来る。ぼくはそれを手に取ると、彼女に日常の話を訊ね自分の話す番を終了させてから画面をじっくりと眺める。
「うん」
そのひとことだけがスマホに書いてあった。やはりそうだったかとぼくは思わずため息をつきそうになったが、何とか堪えた。
ぼくがしゃべりながらスマホを弄った理由。それは言うまでもなく筆談のためだった。
メッセージアプリは避けた。他人のメッセージ欄を使うのはそもそも間違っているし、彼女とのメッセージ画面を使うにはリスクが大きすぎた。だからこそ、ぼくはキャリアメールの新規作成画面にてやり取りをすることにした。
ぼくが最初に送った内容は直球に「盗聴されてる?」だった。そして、彼女はそれを肯定した。次にぼくが送ったのはいうまでもない。
「盗聴機はどこ?」
ぼくはそう打ち込んでスマホを彼女に渡す。と、彼女は自分の話を切り上げてぼくに話を振る。彼女が打ち込み終わるのはさほどの時間も掛からなかった。ぼくは彼女からスマホを受けとるとちょうどいいところで話を彼女に振り、スマホの画面に目を落とす。
「わたしのスマホから。スピーカーで通話状態になってる。スマホはわたしのポケットの中」
スマホ。やはり彼女がスマホに一切触れようとしないのは、スマホが爆弾となっていたからだったようだ。しかし、ここでひとつ疑問が浮かぶ。ぼくはそんな疑問を打ち込む。
「通話を切ることは出来ないの?」
スマホを渡すと彼女はぼくのメッセージに目を落とし、話ながら首を横に振る。彼女はそれから少しして話を切り上げると、スマホに向かって静かに文字を打ち込み始める。
ぼくは口から殆ど出任せのようなことばを発しながら、発声に容量を奪われた頭でどういうことだろうかと考えた。が、当たり前だが考えがまとまることはなかった。
彼女からスマホを受け取る。
「家族が人質に取られてる」
ぼくは思わず「え!?」と声を上げてしまった。彼女はシッと黙るようにジェスチャーをするが、咄嗟の機転を利かせてくれて、
「どうしたの?」
と訊ねてくれた。ぼくは、
「いやぁ……、ほら、これ見てよ」
ぼくはメニューを開いて彼女に見せる。特に可笑しな点はない。彼女もヒヤッとした顔でこちらを見詰めてくる。が、ぼくは、
「いやぁ、ほら、思った以上に黒毛和牛が安いよ! 食べようよ!」
と適当なことをいった。ちなみに黒毛和牛は安くなんかなかった。むしろ高いくらいだった。だが、盗聴されている以上、頼まないなんてチョイスはもはやない。出任せとはいえ、財布に痛いことをしてしまい、ちょっと後悔。
だが、彼女はメニュー表を覗きながら、
「え、でもそんな脂身がいっぱいあるモノ、わたし食べられないよ」
とギリギリのところで助け船を出してくれた。危なかった。危うくとんでもない支出をする羽目になるところだった。
別にケチだとかそういうことではない。あまりお金は使うべきではないと思ったのだ。それはこの先に何が起こるかわからない中で、現金は銃弾となりうるほどに強力な武器になるからだった。だからこそ、ケチる必要があった。
「そうだね。ぼくもつい黒毛和牛ってブランドに踊らされて変なこといっちゃった。ごめん」
そういうと彼女は了承してくれ、何とか難を逃れることが出来た、と思う。思いたい。
しかし、思わず声が出てしまうほどに強烈な一文だった。家族が人質に取られている。そんなバカなはずは……。ぼくはスマホにメッセージを打ち込み、彼女に渡す。
「ということは、里村さんも?」
彼女からの答えは首を縦に振るのみ。そのままスマホを返される。ぼくは再びスマホに文章を打ち込もうとする。だが、その答えを知ろうとすると、途端に恐怖がぼくのこころを蝕む。
だが、このままでは彼女は酷い目に遭うばかり。救いは何処にもない。彼女は何度となくぼくを救ってくれた。今度こそ、ぼくが彼女を救わなければ。震える指に神経を集中させて、ぼくはメッセージを打ち込む。
「犯人はどんな人? もしかしてメガネとか掛けてた?」
あまりその答えは聴きたくない。だが、聞かなければ先には進めない。ぼくは覚悟を決めた。彼女はメッセージを打ち込み、ぼくにスマホを返す。メッセージに目を落とす。
「顔隠してたから何ともいえないけど……、でもふと見えた感じだと掛けてない、かなぁ?」
まるで座ろうとした椅子をうしろに引かれるような衝撃だった。違う。だとしたら、誰。
ぼくはパニックになっていた。
【続く】
それなりの時間炙っていたせいもあり、肉には幾分の焦げが発生しており、その苦味のあるにおいが鼻についた。
盗聴。まさかそんなことが。
ぼくは一度咳払いをして、自分の会社での仕事のことについて話し出した。里村さんはキョトンとしていたが、ぼくが躊躇いもなく話すモノだから、仕方なく聴かざるを得ないといった様子で曖昧に頷く。
ぼくはしゃべりながらスマホをいじる。しゃべりながらだと操作が難しい。やはり口から出ることばが先行してしまい、脳が指に伝える指令が届きづらくなっている。
ぼくはスマホをいじり終えると、話を続けたまま彼女に自分のスマホを差し出す。と、彼女は思わず「えっ」と声を漏らす。
ぼくは話を続けながらもジェスチャーで彼女に静かにするように促し、それから指でスマホを差す。と、彼女はギコチナく頷き、スマホを手に取って操作をする。
操作をし終えると彼女はぼくのほうにスマホを差し出して来る。ぼくはそれを手に取ると、彼女に日常の話を訊ね自分の話す番を終了させてから画面をじっくりと眺める。
「うん」
そのひとことだけがスマホに書いてあった。やはりそうだったかとぼくは思わずため息をつきそうになったが、何とか堪えた。
ぼくがしゃべりながらスマホを弄った理由。それは言うまでもなく筆談のためだった。
メッセージアプリは避けた。他人のメッセージ欄を使うのはそもそも間違っているし、彼女とのメッセージ画面を使うにはリスクが大きすぎた。だからこそ、ぼくはキャリアメールの新規作成画面にてやり取りをすることにした。
ぼくが最初に送った内容は直球に「盗聴されてる?」だった。そして、彼女はそれを肯定した。次にぼくが送ったのはいうまでもない。
「盗聴機はどこ?」
ぼくはそう打ち込んでスマホを彼女に渡す。と、彼女は自分の話を切り上げてぼくに話を振る。彼女が打ち込み終わるのはさほどの時間も掛からなかった。ぼくは彼女からスマホを受けとるとちょうどいいところで話を彼女に振り、スマホの画面に目を落とす。
「わたしのスマホから。スピーカーで通話状態になってる。スマホはわたしのポケットの中」
スマホ。やはり彼女がスマホに一切触れようとしないのは、スマホが爆弾となっていたからだったようだ。しかし、ここでひとつ疑問が浮かぶ。ぼくはそんな疑問を打ち込む。
「通話を切ることは出来ないの?」
スマホを渡すと彼女はぼくのメッセージに目を落とし、話ながら首を横に振る。彼女はそれから少しして話を切り上げると、スマホに向かって静かに文字を打ち込み始める。
ぼくは口から殆ど出任せのようなことばを発しながら、発声に容量を奪われた頭でどういうことだろうかと考えた。が、当たり前だが考えがまとまることはなかった。
彼女からスマホを受け取る。
「家族が人質に取られてる」
ぼくは思わず「え!?」と声を上げてしまった。彼女はシッと黙るようにジェスチャーをするが、咄嗟の機転を利かせてくれて、
「どうしたの?」
と訊ねてくれた。ぼくは、
「いやぁ……、ほら、これ見てよ」
ぼくはメニューを開いて彼女に見せる。特に可笑しな点はない。彼女もヒヤッとした顔でこちらを見詰めてくる。が、ぼくは、
「いやぁ、ほら、思った以上に黒毛和牛が安いよ! 食べようよ!」
と適当なことをいった。ちなみに黒毛和牛は安くなんかなかった。むしろ高いくらいだった。だが、盗聴されている以上、頼まないなんてチョイスはもはやない。出任せとはいえ、財布に痛いことをしてしまい、ちょっと後悔。
だが、彼女はメニュー表を覗きながら、
「え、でもそんな脂身がいっぱいあるモノ、わたし食べられないよ」
とギリギリのところで助け船を出してくれた。危なかった。危うくとんでもない支出をする羽目になるところだった。
別にケチだとかそういうことではない。あまりお金は使うべきではないと思ったのだ。それはこの先に何が起こるかわからない中で、現金は銃弾となりうるほどに強力な武器になるからだった。だからこそ、ケチる必要があった。
「そうだね。ぼくもつい黒毛和牛ってブランドに踊らされて変なこといっちゃった。ごめん」
そういうと彼女は了承してくれ、何とか難を逃れることが出来た、と思う。思いたい。
しかし、思わず声が出てしまうほどに強烈な一文だった。家族が人質に取られている。そんなバカなはずは……。ぼくはスマホにメッセージを打ち込み、彼女に渡す。
「ということは、里村さんも?」
彼女からの答えは首を縦に振るのみ。そのままスマホを返される。ぼくは再びスマホに文章を打ち込もうとする。だが、その答えを知ろうとすると、途端に恐怖がぼくのこころを蝕む。
だが、このままでは彼女は酷い目に遭うばかり。救いは何処にもない。彼女は何度となくぼくを救ってくれた。今度こそ、ぼくが彼女を救わなければ。震える指に神経を集中させて、ぼくはメッセージを打ち込む。
「犯人はどんな人? もしかしてメガネとか掛けてた?」
あまりその答えは聴きたくない。だが、聞かなければ先には進めない。ぼくは覚悟を決めた。彼女はメッセージを打ち込み、ぼくにスマホを返す。メッセージに目を落とす。
「顔隠してたから何ともいえないけど……、でもふと見えた感じだと掛けてない、かなぁ?」
まるで座ろうとした椅子をうしろに引かれるような衝撃だった。違う。だとしたら、誰。
ぼくはパニックになっていた。
【続く】