【帝王霊~弐拾~】
文字数 2,349文字
教室内は騒然とする。
みな、教卓についた先生のことなど忘れてガヤガヤと話し出す。ぼくはひとり沈黙する。こんなことは初めて。何かあれば、生活安全委員のぼくか春奈に連絡があるはずだから。
「はい、静かにッ!」
体育教師の郷原先生が手をパンパンと叩いて、生徒たちの喧騒を鎮めようとする。だが、すぐには静かにならない。
これは別に郷原先生がナメられてるとかそういうことではなくて、単純に前代未聞の事件が起きているから、ということだ。
「お前ら静かにしろッ!」
郷原先生の怒号が響くと、教室内は一気に熱が冷めたように静かになる。だが、みんな、動揺を隠しきれていないのは確かだった。
「先生!」
そういって手を挙げたのは、学級委員の関口だ。また余計なことを、と思った。どうせ何をいうかなど決まっている。けど、それを止めることも出来ないし、ぼく自身、その答えを知りたい気持ちでいっぱいだった。
「長谷川先生とは連絡がついてないんですか?」
関口の質問に郷原先生はあからさまに眉を潜める。間違いない。先生たちの間でも、ヤエちゃんからまったくの連絡がないということだ。
ヤエちゃんが唐突に学校を休み出したのは、数日前からだった。理由はわからない。代理で一年三組の担当になった郷原先生は、ヤエちゃんの休みの理由を、
「一身上の都合で」
と説明した。一身上の都合。一体どういうことか。それが気になったのと、まったく話を聴いていなかったこともあって、ぼくはその日、ヤエちゃんにメッセージを送った。
だが、ヤエちゃんからメッセージが返ってくることはなかった。
悲しい、というよりは疑問でしかなかった。
こんなことをいうと自惚れのように聴こえるかもしれないけど、あのヤエちゃんがぼくのメッセージを無視するなんてことは考えられなかった。というのも、昨日までウザイほどにベタついて来た人間が、ある日突然180度手のひらを返すようなことをするとは、とても思えなかったのだ。となると考えられるのは、
ヤエちゃんに何かあったのだ。
そうとしか考えられなかった。しかし、何が? 警察沙汰? いや、だとしたら、父さんから何かしら訊かれたり、話があるはずだ。それがないとすると、別件。
じゃあ、警察沙汰でないとすると何だ。
いや、結論を急いじゃダメだ。警察沙汰というのは、物事が明るみになって、初めてそうなる。ということは、何かしらの事件に巻き込まれているが、それが明るみになっていないと考えるのが、自然だろう。考えたくないけど。
しかし、それはどういうことだろう。山田さんの劇を観に行った帰りに暴漢に襲われた時、あれは間違いなく犯人はヤエちゃんを狙っていた。だとしたら……、
いや、犯人は捕まっている。
だが、あれから聴いた話だと、犯人は容疑を否認。おまけに、その時の記憶すらないと来ている。となると……
「シンちゃんよぉ!」
急に名前を呼ばれてハッとする。視界の先には立ち歩いて会話をする生徒たちの姿がある。郷原先生の姿はない。どうやら考えごとをしている間にホームルームが終わっていたらしい。
ぼくのことを呼んだのは、辻だった。
辻の顔はおぞましいほどに強張っている。そのうしろに付いている山路と海野も同様。
「やっぱ可笑しいだろ。あの真面目な長谷川ちゃんが無断でこんなに休むなんて」辻がいう。
それはぼくも思っている。思っているが、だからといって何だというのだ。ぼくは御座なりな返事を辻に返す。と辻は、
「何だよそれ。シンちゃん、長谷川ちゃんと仲いいだろ? 何か知らねえのかよ?」
「うん」
「はぁ? 何だよそれ。長谷川ちゃんからは何の連絡もねぇのかよ?」
「ないよ」
そう答えるしかなかった。事実、そうなのだから。だが、その答えは辻には満足の行くモノではなかったらしい。
「ないって。連絡はしたのかよ」
「したよ。でも、返信がないんだよ」
「何だよそれ。どういうことだよ。やっぱ、シンちゃん、おれたちに何か隠してんだろ」
「隠してねえよ!」詰められたせいか、思わず語調が強くなってしまった。「……兎に角、おれも何にもわかんないし、何の手掛かりもないんだ。だから……」
その時、尻ポケットに入れていたスマホが振動する。ぼくは何だろうと思いスマホを取り出そうとしたが、辻のいる手前だったので止めておいた。が、ぼくは確かに見えた。
春奈がこっちを見ていたのだ。
春奈ーー中山春奈は同じクラスの女子で、ぼくと同じ生活安全委員の生徒だ。だが、彼女はぼくなんかと違って、容姿は端麗、成績も優秀でスポーツも出来る。オマケに性格もいいという完全無欠な女の子だった。
本来ならば学級委員をやっていても可笑しくはないのだが、ヤエちゃんの推薦で生活安全委員になることとなった。
ヤエちゃんが彼女を生活安全委員に推薦した理由は今でもわからない。一度ヤエちゃんに訊いてみたけど、はぐらかされて答えて貰えず、いずれ教えてあげるよといわれたのみだった。
春奈がぼくのほうを見ている、ということはぼくに何かしらの用があるということだ。まず間違いなくヤエちゃんのことで、だろう。
「悪い、トイレ行ってくるわ」
そういってぼくは席を立つ。見てはいないが、多分辻の顔は強張っていただろう。
トイレに行き、個室に入るとスマホを取り出し、新着のメッセージを確認する。
やはり春奈からだ。その内容は、
『放課後、時間ある?』
ぼくは、彼女からのメッセージに『ある』と書き、時間と場所の提案も連ねて送る。
「長谷川先生、一身上の都合での休みだなんてウソなんだろう?」
個室の外からそんな声が聴こえる。明らかにぼくに語り掛けている。それが誰の声かはすぐにわかった。
関口の声だった。
【続く】
みな、教卓についた先生のことなど忘れてガヤガヤと話し出す。ぼくはひとり沈黙する。こんなことは初めて。何かあれば、生活安全委員のぼくか春奈に連絡があるはずだから。
「はい、静かにッ!」
体育教師の郷原先生が手をパンパンと叩いて、生徒たちの喧騒を鎮めようとする。だが、すぐには静かにならない。
これは別に郷原先生がナメられてるとかそういうことではなくて、単純に前代未聞の事件が起きているから、ということだ。
「お前ら静かにしろッ!」
郷原先生の怒号が響くと、教室内は一気に熱が冷めたように静かになる。だが、みんな、動揺を隠しきれていないのは確かだった。
「先生!」
そういって手を挙げたのは、学級委員の関口だ。また余計なことを、と思った。どうせ何をいうかなど決まっている。けど、それを止めることも出来ないし、ぼく自身、その答えを知りたい気持ちでいっぱいだった。
「長谷川先生とは連絡がついてないんですか?」
関口の質問に郷原先生はあからさまに眉を潜める。間違いない。先生たちの間でも、ヤエちゃんからまったくの連絡がないということだ。
ヤエちゃんが唐突に学校を休み出したのは、数日前からだった。理由はわからない。代理で一年三組の担当になった郷原先生は、ヤエちゃんの休みの理由を、
「一身上の都合で」
と説明した。一身上の都合。一体どういうことか。それが気になったのと、まったく話を聴いていなかったこともあって、ぼくはその日、ヤエちゃんにメッセージを送った。
だが、ヤエちゃんからメッセージが返ってくることはなかった。
悲しい、というよりは疑問でしかなかった。
こんなことをいうと自惚れのように聴こえるかもしれないけど、あのヤエちゃんがぼくのメッセージを無視するなんてことは考えられなかった。というのも、昨日までウザイほどにベタついて来た人間が、ある日突然180度手のひらを返すようなことをするとは、とても思えなかったのだ。となると考えられるのは、
ヤエちゃんに何かあったのだ。
そうとしか考えられなかった。しかし、何が? 警察沙汰? いや、だとしたら、父さんから何かしら訊かれたり、話があるはずだ。それがないとすると、別件。
じゃあ、警察沙汰でないとすると何だ。
いや、結論を急いじゃダメだ。警察沙汰というのは、物事が明るみになって、初めてそうなる。ということは、何かしらの事件に巻き込まれているが、それが明るみになっていないと考えるのが、自然だろう。考えたくないけど。
しかし、それはどういうことだろう。山田さんの劇を観に行った帰りに暴漢に襲われた時、あれは間違いなく犯人はヤエちゃんを狙っていた。だとしたら……、
いや、犯人は捕まっている。
だが、あれから聴いた話だと、犯人は容疑を否認。おまけに、その時の記憶すらないと来ている。となると……
「シンちゃんよぉ!」
急に名前を呼ばれてハッとする。視界の先には立ち歩いて会話をする生徒たちの姿がある。郷原先生の姿はない。どうやら考えごとをしている間にホームルームが終わっていたらしい。
ぼくのことを呼んだのは、辻だった。
辻の顔はおぞましいほどに強張っている。そのうしろに付いている山路と海野も同様。
「やっぱ可笑しいだろ。あの真面目な長谷川ちゃんが無断でこんなに休むなんて」辻がいう。
それはぼくも思っている。思っているが、だからといって何だというのだ。ぼくは御座なりな返事を辻に返す。と辻は、
「何だよそれ。シンちゃん、長谷川ちゃんと仲いいだろ? 何か知らねえのかよ?」
「うん」
「はぁ? 何だよそれ。長谷川ちゃんからは何の連絡もねぇのかよ?」
「ないよ」
そう答えるしかなかった。事実、そうなのだから。だが、その答えは辻には満足の行くモノではなかったらしい。
「ないって。連絡はしたのかよ」
「したよ。でも、返信がないんだよ」
「何だよそれ。どういうことだよ。やっぱ、シンちゃん、おれたちに何か隠してんだろ」
「隠してねえよ!」詰められたせいか、思わず語調が強くなってしまった。「……兎に角、おれも何にもわかんないし、何の手掛かりもないんだ。だから……」
その時、尻ポケットに入れていたスマホが振動する。ぼくは何だろうと思いスマホを取り出そうとしたが、辻のいる手前だったので止めておいた。が、ぼくは確かに見えた。
春奈がこっちを見ていたのだ。
春奈ーー中山春奈は同じクラスの女子で、ぼくと同じ生活安全委員の生徒だ。だが、彼女はぼくなんかと違って、容姿は端麗、成績も優秀でスポーツも出来る。オマケに性格もいいという完全無欠な女の子だった。
本来ならば学級委員をやっていても可笑しくはないのだが、ヤエちゃんの推薦で生活安全委員になることとなった。
ヤエちゃんが彼女を生活安全委員に推薦した理由は今でもわからない。一度ヤエちゃんに訊いてみたけど、はぐらかされて答えて貰えず、いずれ教えてあげるよといわれたのみだった。
春奈がぼくのほうを見ている、ということはぼくに何かしらの用があるということだ。まず間違いなくヤエちゃんのことで、だろう。
「悪い、トイレ行ってくるわ」
そういってぼくは席を立つ。見てはいないが、多分辻の顔は強張っていただろう。
トイレに行き、個室に入るとスマホを取り出し、新着のメッセージを確認する。
やはり春奈からだ。その内容は、
『放課後、時間ある?』
ぼくは、彼女からのメッセージに『ある』と書き、時間と場所の提案も連ねて送る。
「長谷川先生、一身上の都合での休みだなんてウソなんだろう?」
個室の外からそんな声が聴こえる。明らかにぼくに語り掛けている。それが誰の声かはすぐにわかった。
関口の声だった。
【続く】