【一年三組の皇帝~弐拾漆~】
文字数 1,154文字
ヒリついた空気の中を抜け出しても、緊張感が薄れることはなかった。
それはこの先教室に戻ればまたすぐに同じような空気に晒されるからか、或いは今一緒にいるのが長野いずみだからかはわからない。少なくとも、ぼくはいずみとの関係はギクシャクしていて安堵のため息を漏らせるモノではないと思っていた。
ぼくといずみは廊下を歩いていた。その関係性が決して密接ではないということがその距離感でもわかった。興味がないというかどうでもいい。となり合う距離感は若干遠め。だが、そこに一緒にいて恥ずかしい、照れるといった甘酸っぱい感情は一切なかった。というのも、歩調を若干合わせつつ少し遅れて歩くのはぼくのほうで、いずみはズカズカと歩いていってしまうからだ。
いずみの顔色をややうしろから伺った。いずみの横顔は怒っているというか、イラついているように見えた。顔立ちがとてもハッキリしていて、まるで外国人の彫刻のような感じ。何処か作りモノめいている。だから余計にそう感じるのだろうか。
「で、何の用なんだよ?」
ぼくが訊ねてもいずみは何もいわずに歩を進めるばかりだった。一体何処へ。そうかと思うといずみは唐突に立ち止まった。と、そこは屋上へと続く踊り場だった。いずみは壁に背を預けると大きくため息をついた。
「誰が聴いてるかもわかんねぇのに、あんま大きな声出すなよ」
ボソボソっとしゃべっていて若干聴きづらかった。だが、いずみはそれだけ話を聴かれることを恐れたということだろう。
「あぁ、ゴメン」
「にしても、お前のクラスの雰囲気、最悪だな。まぁ、うちのクラスも決していいモンじゃないけどさ」いずみは大きく息を吐いた。「何つうかさぁ、窮屈なんだよね。どいつもコイツも『同類』であることを求めるクセに他人のことはどうでもいい。矛盾してると思わねぇ? 地域で集められた同じ年の子供がさ、ちょっとしたグループを作ってケンカしてってバカじゃねぇ? ほんと時間と体力の無駄使いだと思うわ」
何処か悟ったようなモノいいをするいずみに対してちょっと感心してしまった。
「まぁな。でもさ、長野さんはーー」
「いずみでいいよ。あたしだってシンゴって呼んでんだし、そこで変に気を遣われても困るんだよね」
「......そうだよな」
「......まぁ、あたしにとって力を注げるモノは演劇だけなんだよね。間違っても下らないケンカに加勢することはしないよ」
ほんと、見た目通りハッキリした性格だと思った。だが、ハッキリしないのはーー
「それはいいんだけどさ、おれを呼び出したのは何のためなんだよ」
いずみの視線が鋭い刀の切っ先のようにぼくに向けられた。真剣そのものといった感じだった。
「お前さ、生活安全委員だろ? お前ら、裏で何やってんだよ?」
心臓が跳ね上がった。
【続く】
それはこの先教室に戻ればまたすぐに同じような空気に晒されるからか、或いは今一緒にいるのが長野いずみだからかはわからない。少なくとも、ぼくはいずみとの関係はギクシャクしていて安堵のため息を漏らせるモノではないと思っていた。
ぼくといずみは廊下を歩いていた。その関係性が決して密接ではないということがその距離感でもわかった。興味がないというかどうでもいい。となり合う距離感は若干遠め。だが、そこに一緒にいて恥ずかしい、照れるといった甘酸っぱい感情は一切なかった。というのも、歩調を若干合わせつつ少し遅れて歩くのはぼくのほうで、いずみはズカズカと歩いていってしまうからだ。
いずみの顔色をややうしろから伺った。いずみの横顔は怒っているというか、イラついているように見えた。顔立ちがとてもハッキリしていて、まるで外国人の彫刻のような感じ。何処か作りモノめいている。だから余計にそう感じるのだろうか。
「で、何の用なんだよ?」
ぼくが訊ねてもいずみは何もいわずに歩を進めるばかりだった。一体何処へ。そうかと思うといずみは唐突に立ち止まった。と、そこは屋上へと続く踊り場だった。いずみは壁に背を預けると大きくため息をついた。
「誰が聴いてるかもわかんねぇのに、あんま大きな声出すなよ」
ボソボソっとしゃべっていて若干聴きづらかった。だが、いずみはそれだけ話を聴かれることを恐れたということだろう。
「あぁ、ゴメン」
「にしても、お前のクラスの雰囲気、最悪だな。まぁ、うちのクラスも決していいモンじゃないけどさ」いずみは大きく息を吐いた。「何つうかさぁ、窮屈なんだよね。どいつもコイツも『同類』であることを求めるクセに他人のことはどうでもいい。矛盾してると思わねぇ? 地域で集められた同じ年の子供がさ、ちょっとしたグループを作ってケンカしてってバカじゃねぇ? ほんと時間と体力の無駄使いだと思うわ」
何処か悟ったようなモノいいをするいずみに対してちょっと感心してしまった。
「まぁな。でもさ、長野さんはーー」
「いずみでいいよ。あたしだってシンゴって呼んでんだし、そこで変に気を遣われても困るんだよね」
「......そうだよな」
「......まぁ、あたしにとって力を注げるモノは演劇だけなんだよね。間違っても下らないケンカに加勢することはしないよ」
ほんと、見た目通りハッキリした性格だと思った。だが、ハッキリしないのはーー
「それはいいんだけどさ、おれを呼び出したのは何のためなんだよ」
いずみの視線が鋭い刀の切っ先のようにぼくに向けられた。真剣そのものといった感じだった。
「お前さ、生活安全委員だろ? お前ら、裏で何やってんだよ?」
心臓が跳ね上がった。
【続く】