【藪医者放浪記~拾睦~】
文字数 2,145文字
九十九通りは緊張に包まれている。
刀の弾ける音に肉体が引き裂かれる音が通り中に響いていたのが、何よりの原因だろう。
通りには空っ風が吹き、それにより土埃は空高く舞い、たくさんの着物がなびいている。そして、地面にはそこら中に赤。
屍の山。
凄惨な光景だった。入り交じった男たちの死体が目をひんむいたまま、口をポッカリと開けたまま壊れた人形のようになっている。
その死体たちは見るからにヤクザ者とわかるような着物と裾を捲り上げて股引きが見える者もいれば、中には袴をはいた侍の姿もある。そして、その側には壊れた駕籠に、それを持っていたであろう足軽の死体がある。
殺し合いの中、佇む男が数人ばかりいる。
ひとりは大層に立派な格好をした男、またひとりは如何にも強者といったような侍、他に数人のヤクザ者、そして、総髪の浪人。
「……畜生! 何でこんな……ッ!」お雉は吐き捨てる。
「こんなとこに迷い込んじまったアイツらが災難だったってことだ」緑の着物姿の鹿島の伝助がいう。
「だからって、見殺しにするつもりッ!?」
「見殺しも何も、だったらアンタはどうしてアイツらを助けようとしないんだい?」伝助のことばに、お雉はことばを失い顔を叛ける。「手下に文は持たせて走らせてんだ。それだけでも感謝して貰いてぇモンだね」
キッカケは取るに足らない話だった。
少し前の話である。九十九通りに駕籠を持った一団が入り込んで来たのだ。その駕籠の一団というのは、水戸より川越に向かっていた、水戸の武田家の長男である『武田藤十郎』とその一行であった。
そう、藤十郎の一団は川越は川越でも表通りの一番通りではなく、裏通りの九十九通りへと迷い込んでしまったのだった。
見るからに荒廃した雰囲気に同行していた牛野寅三郎も違和感を覚え藤十郎に声を掛けたが、目的地へとたどり着くことを第一に考えた藤十郎は、それよりも早くするよういったのみで寅三郎のことばを遮った。君主のことばは絶対であるが故、寅三郎はそれ以上何も意見は出来なかった。
だが、それが間違いだった。
突然、九十九通りをそのまま歩いていた一行のひとりの胸に矢が刺さり絶命した。寅三郎は即座にその方向へと手裏剣を投げた。と、そちらには弓を構えた者がおり、寅三郎の手裏剣はその者の目に突き刺さり、これを絶命させた。
かと思いきや、今度はその反対側より矢が飛び、また一行のひとりを絶命させてしまった。二の矢を放った者も寅三郎が手裏剣にて絶命させた。
「何事だ?」駕籠の中の藤十郎が訊いた。
「何者かがわたしたちを討とうとしております! 弓をふたり、何とか討ちましたが、まだ残りはいるかもしれません!」と寅三郎。
「何?」藤十郎はことばを失った。「……構わん、通り抜けよ!」
ということばのすぐあとのことだった。上手側の建物からゾロゾロとした一団が現れた。その一団は明らかなヤクザ者だった。寅三郎がうしろを向くと、また別のヤクザ者の一団が。
取り囲まれた。
火を見るより明らかだった。藤十郎の一行はその動きを止めた。
「……どうした?」急に駕籠が止まったからか、藤十郎がそう訊ねた。
「取り囲まれました……!」寅三郎。
「……やれるか?」
やれるか。そんなのはバカでもわかる話だった。やれるワケがない。いくら大層な腕を持つ者が五人といたとしても、雑魚が群がれば五人程度の力は殆ど意味をなさなくなる。
多勢に無勢。いうまでもなくそうなると約束されたようなモノだった。
「……承知致しました」
寅三郎はそういった。出来るといわなかったのは、まず無理だろうとわかっていたからに違いなかった。あくまで善戦はする。その果てに自分の命が亡くなろうと構いはしない。覚悟を決めたひとことだった。
そして、殺し合いは始まった。
まず足軽が逃げようとして駕籠が落ち、壊れた。壊れた駕籠から藤十郎が落ちた。寅三郎は藤十郎を手助けしようと走ってよりつつ、敵を斬っていった。
「牛野、刀を!」と藤十郎。
「ですが……」
「このままでは何もせずとも殺されるのを待つばかりだ! 早くしろ!」
寅三郎は向かって来たヤクザ者を咄嗟に斬り捨てた。
「ソヤツの刀を!」
仕える身分でしかない寅三郎がそのような命令に近いことをいうのは御法度もいいとこだったが、場合が場合だった。藤十郎はそれに対して何をいうでもなく、すぐさまヤクザ者の死体から刀を奪い、構えた。
藤十郎と寅三郎は揃って何人ものヤクザ者を斬り捨てた。他の者たちはヤクザ者を数人斬った後に別のヤクザ者に斬られるといった形で絶命していった。
かなりの数のヤクザ者がいたが、従者たちの健闘により、何とかその半数以上は倒れていた。そして、藤十郎と寅三郎の手で更にその半数が絶命、またその半数はその場から逃げて行った。
残りのヤクザ者は三人となった。二対三、息が上がり始めていたとはいえ、これなら寅三郎と藤十郎でも充分に勝てる相手だった。
「ハッ! 随分と苦労してるじゃねぇか……」
そういって荒廃した屋敷のひとつから出て来たのは、あの牛馬だった。
藤十郎と寅三郎はハッとした。藤十郎は寅三郎と牛馬の姿を見比べた。
「馬乃助……ッ!」
寅三郎は呆然と立ち尽くした。
【続く】
刀の弾ける音に肉体が引き裂かれる音が通り中に響いていたのが、何よりの原因だろう。
通りには空っ風が吹き、それにより土埃は空高く舞い、たくさんの着物がなびいている。そして、地面にはそこら中に赤。
屍の山。
凄惨な光景だった。入り交じった男たちの死体が目をひんむいたまま、口をポッカリと開けたまま壊れた人形のようになっている。
その死体たちは見るからにヤクザ者とわかるような着物と裾を捲り上げて股引きが見える者もいれば、中には袴をはいた侍の姿もある。そして、その側には壊れた駕籠に、それを持っていたであろう足軽の死体がある。
殺し合いの中、佇む男が数人ばかりいる。
ひとりは大層に立派な格好をした男、またひとりは如何にも強者といったような侍、他に数人のヤクザ者、そして、総髪の浪人。
「……畜生! 何でこんな……ッ!」お雉は吐き捨てる。
「こんなとこに迷い込んじまったアイツらが災難だったってことだ」緑の着物姿の鹿島の伝助がいう。
「だからって、見殺しにするつもりッ!?」
「見殺しも何も、だったらアンタはどうしてアイツらを助けようとしないんだい?」伝助のことばに、お雉はことばを失い顔を叛ける。「手下に文は持たせて走らせてんだ。それだけでも感謝して貰いてぇモンだね」
キッカケは取るに足らない話だった。
少し前の話である。九十九通りに駕籠を持った一団が入り込んで来たのだ。その駕籠の一団というのは、水戸より川越に向かっていた、水戸の武田家の長男である『武田藤十郎』とその一行であった。
そう、藤十郎の一団は川越は川越でも表通りの一番通りではなく、裏通りの九十九通りへと迷い込んでしまったのだった。
見るからに荒廃した雰囲気に同行していた牛野寅三郎も違和感を覚え藤十郎に声を掛けたが、目的地へとたどり着くことを第一に考えた藤十郎は、それよりも早くするよういったのみで寅三郎のことばを遮った。君主のことばは絶対であるが故、寅三郎はそれ以上何も意見は出来なかった。
だが、それが間違いだった。
突然、九十九通りをそのまま歩いていた一行のひとりの胸に矢が刺さり絶命した。寅三郎は即座にその方向へと手裏剣を投げた。と、そちらには弓を構えた者がおり、寅三郎の手裏剣はその者の目に突き刺さり、これを絶命させた。
かと思いきや、今度はその反対側より矢が飛び、また一行のひとりを絶命させてしまった。二の矢を放った者も寅三郎が手裏剣にて絶命させた。
「何事だ?」駕籠の中の藤十郎が訊いた。
「何者かがわたしたちを討とうとしております! 弓をふたり、何とか討ちましたが、まだ残りはいるかもしれません!」と寅三郎。
「何?」藤十郎はことばを失った。「……構わん、通り抜けよ!」
ということばのすぐあとのことだった。上手側の建物からゾロゾロとした一団が現れた。その一団は明らかなヤクザ者だった。寅三郎がうしろを向くと、また別のヤクザ者の一団が。
取り囲まれた。
火を見るより明らかだった。藤十郎の一行はその動きを止めた。
「……どうした?」急に駕籠が止まったからか、藤十郎がそう訊ねた。
「取り囲まれました……!」寅三郎。
「……やれるか?」
やれるか。そんなのはバカでもわかる話だった。やれるワケがない。いくら大層な腕を持つ者が五人といたとしても、雑魚が群がれば五人程度の力は殆ど意味をなさなくなる。
多勢に無勢。いうまでもなくそうなると約束されたようなモノだった。
「……承知致しました」
寅三郎はそういった。出来るといわなかったのは、まず無理だろうとわかっていたからに違いなかった。あくまで善戦はする。その果てに自分の命が亡くなろうと構いはしない。覚悟を決めたひとことだった。
そして、殺し合いは始まった。
まず足軽が逃げようとして駕籠が落ち、壊れた。壊れた駕籠から藤十郎が落ちた。寅三郎は藤十郎を手助けしようと走ってよりつつ、敵を斬っていった。
「牛野、刀を!」と藤十郎。
「ですが……」
「このままでは何もせずとも殺されるのを待つばかりだ! 早くしろ!」
寅三郎は向かって来たヤクザ者を咄嗟に斬り捨てた。
「ソヤツの刀を!」
仕える身分でしかない寅三郎がそのような命令に近いことをいうのは御法度もいいとこだったが、場合が場合だった。藤十郎はそれに対して何をいうでもなく、すぐさまヤクザ者の死体から刀を奪い、構えた。
藤十郎と寅三郎は揃って何人ものヤクザ者を斬り捨てた。他の者たちはヤクザ者を数人斬った後に別のヤクザ者に斬られるといった形で絶命していった。
かなりの数のヤクザ者がいたが、従者たちの健闘により、何とかその半数以上は倒れていた。そして、藤十郎と寅三郎の手で更にその半数が絶命、またその半数はその場から逃げて行った。
残りのヤクザ者は三人となった。二対三、息が上がり始めていたとはいえ、これなら寅三郎と藤十郎でも充分に勝てる相手だった。
「ハッ! 随分と苦労してるじゃねぇか……」
そういって荒廃した屋敷のひとつから出て来たのは、あの牛馬だった。
藤十郎と寅三郎はハッとした。藤十郎は寅三郎と牛馬の姿を見比べた。
「馬乃助……ッ!」
寅三郎は呆然と立ち尽くした。
【続く】