【いろは歌地獄旅~ゾーッとした気分~】
文字数 3,218文字
ほんとクソみたいな日々だ。
毎日がスペシャル、だなんて歌があったが、今のおれにとっては悪い意味で「毎日がスペシャル」ということになっている。
運が悪すぎる。もはや、おれは神に見放されているのだろう。
昔からおれという人間はちょっとした行いが悪い結果に繋がるということが多すぎた。
ほんのちょっと、ほんのちょっと足を上げただけで足許を掬われる。そう、ほんのちょっとだけ、なのだ。世間にはもっと大胆に足を上げている野郎がたくさんいるというのに、いつだって足を掬われて大損をこくのはおれなのだ。
まったく、ふざけた話だ。こんなふざけた運命を定めた神を殺してやりたい。
今日もおれはボートで大損をこいて、空っ風に吹かれながら歩いている。
まったく懐も寒ければ、身体も寒い。温もりなんてモノは何処にもありはしない。雨上がりで天気はいいとはいえ、おれの気分は雨模様。今のおれなら最近発生している連続通り魔に刺されても可笑しくないだろう。
喧しい。耳にキーンと来る喧しさ。すぐ右手、巨大なビルの工事がうるさい。さっさと通りすぎてしまおうと思い、おれは足を早める。
足許に違和感があった。
おれは立ち止まって靴の裏を見る。犬のクソがへばりついている。まったくついてない。何処までおれという人間を痛めつければ気が済むというのだろう。おれは舌打ちをーー
轟音が轟く。
一瞬、何があったのかわからなかった。だが、脳は少しずつ現実を理解する。なんと、
巨大な鉄骨が目の前に降ってきたのだ。
おれは尻餅をつく。震えが止まらず、小便を漏らしそうだった。
「大丈夫か!?」
上からそんな声がする。おれは、
「バカ野郎! 危ねぇだろう!」
だが、不意に気づく。そう、
もし、おれが犬のクソを踏んでその場にて立ち止まっていなかったら、間違いなく、降ってきた鉄骨はおれの元にーー
震えが止まらない。下手したら死んでいた。それをおれは犬のクソで靴を汚しただけで何とか済んだのだ。
ヤバイ、今日は本当にろくでもない。こうなったら何か起こる前にさっさと帰って寝よう。
おれは震える足で立ち上がり、そのまま逃げ出すように走り出す。もうこんな目に遭うのはゴメンだ。冗談じゃない。
おれは走った、走ったーー走り続けた。
バス停を見つけ、おれはバスに乗ろうとする。が、その数百メートル近くにて、
「すみません」
突然声を掛けられる。おれに声を掛けて来たのは、おたふく風邪みたいに顔の膨れた、見るからに胡散臭い背の低い中年のババアだった。
「あ!? 何だよ!」
おれは威圧的にいう。それもそうだ。おれはさっさと帰りたいのだ。が、ババアは、
「あのね、実はお兄さんにお話したいことがあってね、呼び止めたのぉー」
もはや喋り方からして胡散臭さマックスだ。しかも、ボンレスハムみたいなブットい贅肉まみれの腕でおれの腕を引いてくる。
「おい、ちょっと、何だよ!」
「実はねーー」
ババアは不細工なウサギのワッペンの貼り付けられたダサい手提げ袋からいくつかの本といくつかの資料を取り出す。
「これをアナタにオススメしたくってーー」
何かと思いきや、カルト宗教の勧誘グッズだ。何でこんなところにーー何となくだが、その理由がわかった気がした。
そう、ここは高校の目の前だ。多分、気の弱そうな高校生に教団の入門グッズを渡して、家族もろとも改宗、だとかそんな浅ましいことを考えているのだろう。
バカな。そんなことで実際に改宗するバカなんて1000人にひとりいるかどうかだろう。コマーシャルの方法としては三流。千分の一をゲットするために、学校から通報されるリスクを背負ってまでして、こんな非効率的なことするなんてバカげている。かと思いきや、
バスが出てしまった。
まるで幻を見ているようだった。だが、幻ではなかった。紛れもなく、そこにはバス停を出るバスが存在したのだ。
「うるせぇんだよ!」
おれはババアの持っている荷物を思い切り叩き落としてやった。ババアの顔がハッとする。
「そんな無理矢理改宗させて信者を増やそうとしてるとこの神なんてろくなヤツじゃねぇんだよ! 死ね! 死ねクズ!」
「まっ! 神を冒涜すると、地獄に堕ちますよ!」
「落としてみろ! クソババア、じゃあな!」
おれはババアの宗教グッズをわざわざ蹴り飛ばしてやって、走り出してやった。
それから何のヤバイこともなく家に着いた。とはいえ、ろくなもんじゃない。
財布の中は殆ど空っぽだし、鉄骨をかわせたのは良かったとはいえ、ババアの邪魔のせいでバスは乗れないし、バカみたいに遠回りして結局時間を食ってしまったし、やっぱり今日はついてない。ほんと、最低だ。
おれは舌打ちして、ドカドカと部屋に上がり込むと、そのままテーブルの上に置いてあるリモコンでテレビをつける。
ニュースがやっている。時間を確認する。だが、まだ夕方のニュースには早い。他のチャンネルにしてみても、どこもニュース、ニュースーーニュースだ。
緊急速報。余程デカイニュースなのだろう。おれはテレビの画面を眺めた。
バスジャック事件の真っ最中、とのことだった。
バスジャックか。こんなバスに乗っちまうなんて、ついてない野郎もいたもんーー
ま、まさか、な……。
おれはスマホでバスジャックのことについて調べてみた。詳しい話はそこまで明らかにはなっていないが、おれの乗ろうとしたバス停や、その路線とは関係なく、そもそも県も違うとのことだった。何たる偶然。
まぁ、そういくつも可笑しな話が続くワケがない。結局おれはひとつ命を拾っただけだ。
それから数時間後、部屋で横になっていると、誰かがインターフォンを鳴らした。
居留守を使おうにも電気がついている。だが、面倒だし、いいか、とそのまま来訪者が帰るのを待った。が、次の瞬間、おれはバッと飛び上がった。
「警察の者です。大事なお話があるので、少しお時間よろしいですか?」
警察。いや、別に悪いことなんか。まさか、あの宗教のババアが暴力を奮われたとかで、警察に通報しやがったのか?
だとしたら、最低だ。
どちらにせよ、もう逃げられないだろう。おれは観念して玄関扉を開ける。と、そこにはオッサンと若い兄ちゃんのふたりの私服警官が、各々のバッジを見せて来、簡易的に自分の名前をいった。
「あ、はぁ……、えっと、で、何でしょう?」
そう訊ねると、若い私服が懐から写真を取りだし、
「この人に見覚えは?」
その写真に写っていたのは、あの宗教家のババアだった。最悪、あのババア通報しやがった。吐き気が止まらなくなる。
「見覚えは、ありますか?」
年の行った警官が確認を促すようにいう。もう完全に追い詰められた。おれは、
「……はい」
認めた。ババアと面識があることを。
「そうですか。この女の手荷物にお宅さんの指紋がありましてねぇ」
指紋、か。最悪。ちゃんと証拠を残して来てしまったとは。やはり、ついてねぇ。
「しかし、運が良かった」
オヤジの私服がいう。ワケがわからない。運がいいとは。おれはポカーンとする。
「あの、どういうことですか?」
「あぁ、実はーー」
オヤジの私服が説明する。曰くーー
あのババアこそがここ最近続出している連続通り魔、とのことだった。
その手口はやはり宗教の勧誘をし、手応えのない者を、「神への冒涜」という名目で刃物で刺していたというのだ。
「神を冒涜すると、地獄に堕ちますよ!」
ババアのことばが脳裏を過る。このことばは脅しでも何でもない。ババアは、神を冒涜したおれを刺し殺そうとしていたのだ。
尚、凶器の包丁は、あの不細工なウサギの手提げ袋に入っていたとのこと。
背筋が冷や汗を掻く。またもや最悪の結果を回避してしまった。だが、おれは玄関で腰を抜かし、ふたりの私服に手を貸して貰っても中々立てはしなかった。
最高にゾーッとした。
毎日がスペシャル、だなんて歌があったが、今のおれにとっては悪い意味で「毎日がスペシャル」ということになっている。
運が悪すぎる。もはや、おれは神に見放されているのだろう。
昔からおれという人間はちょっとした行いが悪い結果に繋がるということが多すぎた。
ほんのちょっと、ほんのちょっと足を上げただけで足許を掬われる。そう、ほんのちょっとだけ、なのだ。世間にはもっと大胆に足を上げている野郎がたくさんいるというのに、いつだって足を掬われて大損をこくのはおれなのだ。
まったく、ふざけた話だ。こんなふざけた運命を定めた神を殺してやりたい。
今日もおれはボートで大損をこいて、空っ風に吹かれながら歩いている。
まったく懐も寒ければ、身体も寒い。温もりなんてモノは何処にもありはしない。雨上がりで天気はいいとはいえ、おれの気分は雨模様。今のおれなら最近発生している連続通り魔に刺されても可笑しくないだろう。
喧しい。耳にキーンと来る喧しさ。すぐ右手、巨大なビルの工事がうるさい。さっさと通りすぎてしまおうと思い、おれは足を早める。
足許に違和感があった。
おれは立ち止まって靴の裏を見る。犬のクソがへばりついている。まったくついてない。何処までおれという人間を痛めつければ気が済むというのだろう。おれは舌打ちをーー
轟音が轟く。
一瞬、何があったのかわからなかった。だが、脳は少しずつ現実を理解する。なんと、
巨大な鉄骨が目の前に降ってきたのだ。
おれは尻餅をつく。震えが止まらず、小便を漏らしそうだった。
「大丈夫か!?」
上からそんな声がする。おれは、
「バカ野郎! 危ねぇだろう!」
だが、不意に気づく。そう、
もし、おれが犬のクソを踏んでその場にて立ち止まっていなかったら、間違いなく、降ってきた鉄骨はおれの元にーー
震えが止まらない。下手したら死んでいた。それをおれは犬のクソで靴を汚しただけで何とか済んだのだ。
ヤバイ、今日は本当にろくでもない。こうなったら何か起こる前にさっさと帰って寝よう。
おれは震える足で立ち上がり、そのまま逃げ出すように走り出す。もうこんな目に遭うのはゴメンだ。冗談じゃない。
おれは走った、走ったーー走り続けた。
バス停を見つけ、おれはバスに乗ろうとする。が、その数百メートル近くにて、
「すみません」
突然声を掛けられる。おれに声を掛けて来たのは、おたふく風邪みたいに顔の膨れた、見るからに胡散臭い背の低い中年のババアだった。
「あ!? 何だよ!」
おれは威圧的にいう。それもそうだ。おれはさっさと帰りたいのだ。が、ババアは、
「あのね、実はお兄さんにお話したいことがあってね、呼び止めたのぉー」
もはや喋り方からして胡散臭さマックスだ。しかも、ボンレスハムみたいなブットい贅肉まみれの腕でおれの腕を引いてくる。
「おい、ちょっと、何だよ!」
「実はねーー」
ババアは不細工なウサギのワッペンの貼り付けられたダサい手提げ袋からいくつかの本といくつかの資料を取り出す。
「これをアナタにオススメしたくってーー」
何かと思いきや、カルト宗教の勧誘グッズだ。何でこんなところにーー何となくだが、その理由がわかった気がした。
そう、ここは高校の目の前だ。多分、気の弱そうな高校生に教団の入門グッズを渡して、家族もろとも改宗、だとかそんな浅ましいことを考えているのだろう。
バカな。そんなことで実際に改宗するバカなんて1000人にひとりいるかどうかだろう。コマーシャルの方法としては三流。千分の一をゲットするために、学校から通報されるリスクを背負ってまでして、こんな非効率的なことするなんてバカげている。かと思いきや、
バスが出てしまった。
まるで幻を見ているようだった。だが、幻ではなかった。紛れもなく、そこにはバス停を出るバスが存在したのだ。
「うるせぇんだよ!」
おれはババアの持っている荷物を思い切り叩き落としてやった。ババアの顔がハッとする。
「そんな無理矢理改宗させて信者を増やそうとしてるとこの神なんてろくなヤツじゃねぇんだよ! 死ね! 死ねクズ!」
「まっ! 神を冒涜すると、地獄に堕ちますよ!」
「落としてみろ! クソババア、じゃあな!」
おれはババアの宗教グッズをわざわざ蹴り飛ばしてやって、走り出してやった。
それから何のヤバイこともなく家に着いた。とはいえ、ろくなもんじゃない。
財布の中は殆ど空っぽだし、鉄骨をかわせたのは良かったとはいえ、ババアの邪魔のせいでバスは乗れないし、バカみたいに遠回りして結局時間を食ってしまったし、やっぱり今日はついてない。ほんと、最低だ。
おれは舌打ちして、ドカドカと部屋に上がり込むと、そのままテーブルの上に置いてあるリモコンでテレビをつける。
ニュースがやっている。時間を確認する。だが、まだ夕方のニュースには早い。他のチャンネルにしてみても、どこもニュース、ニュースーーニュースだ。
緊急速報。余程デカイニュースなのだろう。おれはテレビの画面を眺めた。
バスジャック事件の真っ最中、とのことだった。
バスジャックか。こんなバスに乗っちまうなんて、ついてない野郎もいたもんーー
ま、まさか、な……。
おれはスマホでバスジャックのことについて調べてみた。詳しい話はそこまで明らかにはなっていないが、おれの乗ろうとしたバス停や、その路線とは関係なく、そもそも県も違うとのことだった。何たる偶然。
まぁ、そういくつも可笑しな話が続くワケがない。結局おれはひとつ命を拾っただけだ。
それから数時間後、部屋で横になっていると、誰かがインターフォンを鳴らした。
居留守を使おうにも電気がついている。だが、面倒だし、いいか、とそのまま来訪者が帰るのを待った。が、次の瞬間、おれはバッと飛び上がった。
「警察の者です。大事なお話があるので、少しお時間よろしいですか?」
警察。いや、別に悪いことなんか。まさか、あの宗教のババアが暴力を奮われたとかで、警察に通報しやがったのか?
だとしたら、最低だ。
どちらにせよ、もう逃げられないだろう。おれは観念して玄関扉を開ける。と、そこにはオッサンと若い兄ちゃんのふたりの私服警官が、各々のバッジを見せて来、簡易的に自分の名前をいった。
「あ、はぁ……、えっと、で、何でしょう?」
そう訊ねると、若い私服が懐から写真を取りだし、
「この人に見覚えは?」
その写真に写っていたのは、あの宗教家のババアだった。最悪、あのババア通報しやがった。吐き気が止まらなくなる。
「見覚えは、ありますか?」
年の行った警官が確認を促すようにいう。もう完全に追い詰められた。おれは、
「……はい」
認めた。ババアと面識があることを。
「そうですか。この女の手荷物にお宅さんの指紋がありましてねぇ」
指紋、か。最悪。ちゃんと証拠を残して来てしまったとは。やはり、ついてねぇ。
「しかし、運が良かった」
オヤジの私服がいう。ワケがわからない。運がいいとは。おれはポカーンとする。
「あの、どういうことですか?」
「あぁ、実はーー」
オヤジの私服が説明する。曰くーー
あのババアこそがここ最近続出している連続通り魔、とのことだった。
その手口はやはり宗教の勧誘をし、手応えのない者を、「神への冒涜」という名目で刃物で刺していたというのだ。
「神を冒涜すると、地獄に堕ちますよ!」
ババアのことばが脳裏を過る。このことばは脅しでも何でもない。ババアは、神を冒涜したおれを刺し殺そうとしていたのだ。
尚、凶器の包丁は、あの不細工なウサギの手提げ袋に入っていたとのこと。
背筋が冷や汗を掻く。またもや最悪の結果を回避してしまった。だが、おれは玄関で腰を抜かし、ふたりの私服に手を貸して貰っても中々立てはしなかった。
最高にゾーッとした。