【ウィズアウト・ジャスティス】

文字数 2,273文字

 年末は事件事故が多発するシーズンだといわれている。

 というのも、年の瀬はバカみたいに忙しく、ストレスやフラストレーションが溜まり、終末的な雰囲気と新しい年へ向かおうとする空気から来る社会不安や焦燥感によって、気持ちがネガティブに働きがちになるからだ。

 そこから来るのは、暴行、傷害、窃盗。果ては自殺なんてことも増えてくる。ともなれば、年末における警察官というのは特に忙しい職種であるというのは、想像にも難しくはないであろう。

 とはいえ、どんなに忙しくとも危急な事件が起こらない限りは、警察官にも非番の日はある。そんな非番の日の警察官の過ごし方で多いのは、パチンコだといわれている。また或いは家族サービス、はたまたずっと寝ている等、普段からストリートの安全を守っている警察官もやはり人間ということだ。

 そして、ここにもひとり、非番の警察官がいる。

 名前は弓永リュウ、五村署刑事組織犯罪対策課強行係の係長、警部補である。ただ、その役職は殆ど名ばかりで、まともに仕事はしない、後進の育成をするどころかしごいて辞めさせる、素行不良故にふたりひと組での行動を例外的に免除されている、裏の人間と繋がっている、犯人逮捕に暴力は辞さず、人権保護をよしとしない、と問題だらけの男だ。

 そんな弓永がどうして警官を続けられているかといえば、シンプルに署長のお気に入りで、かつ署内での成績がナンバー1だからである。オマケに他の上司に対する態度は最悪にも関わらず、署長へはあくまでも優秀な署員というスタンスを崩さないというのだから、署内での評判は最悪だった。

 ただ、そのオオカミのような鋭い目付きにキリッとした太い眉毛、堀の深い顔立ちに薄すぎず厚すぎない涙袋にバランスのいいパーツに中背の割にガタイのいい身体つきのお陰で、女性署員からは比較的人気があるという。

 そんな弓永も非番の日は退屈な三十代の男でしかない。この日も、アーミージャケットに赤のタートルネック、作業用ジーンズという姿でただ何となくストリートをブラついている。目付きは悪い。退屈さを凌ぐ方法は何かないモノかと亡霊のように歩き回っている。

 と、突然弓永は眉をひそめる。その視線の先にいるのはーー

 高校生くらいの年齢であろう少年だった。ただ、その格好は真冬とは思えないような薄着で、厚手のシャツ一枚にジーンズ姿。身長は165くらいで体格はひょろひょろ、背中が丸まっており、弓永とはまた違った意味で亡霊のようにストリートをさ迷っている。顔はのっぺりし、目は小さくひとえまぶた。鼻は大きすぎて肌は荒れている。目の下にはくまが出来、見るからに死んだようだ。

 弓永は顔をしかめて少年のあとをつけ始めた。少年はふらふら歩きながらも、その向かう先は決まっているのか、足取りは確かなモノだ。

 弓永が少年を尾行していると、少年は駅に入っていった。駅。普段車移動の弓永は駅などあまり利用はしないが、専用の電子カードに金はちゃんとプールしてあるため、改札は難なく突破出来る。だが、問題はそこではなかった。

 少年は券売機に数枚の小銭を入れると、一番安い券を買い、そのまま改札を抜ける。弓永もそれに続く。と、少年はすぐ手前のホームまで行くと、そのまま線路を見つめ、電車が来るであろう線路の先を何度も何度も見ながら、身体を震わせている。弓永は思い切りため息をついた。

 電車が来るアナウンスがあった。少年はびくりと反応した。

「やめとけ」

 弓永は少年の肩に手を掛けていう。少年は驚いて弓永のほうを振り返る。そうかと思うと電車はホームに滑り込み、少年はハッとした。

「定期も持たねえで行き先も確認せずに切符を買って、線路と電車が来るのをひたすら待つなんて、やることはひとつだろ」

「そんなこと......」

「ひとつだけいっておく。死んだって救われねえぞ」

「死んだこともないおじさんに何がわかるんだよ」

「考えてもみろよ。こっちとあっちの二元論で考えたら、こっちでダメだったヤツが向こうに行っていい思いが出来るなんて有り得ねえだろ?」

 少年は黙り込む。途中、そんなことと反論しようとしたが、結局それ以上のことばは出てこなかった。降参。顔にはそう書いてあった。

「お前がどうして死のうって思ったかは知らねえ。受験で絶望したからか? まだやってもねえ、試してもねえモンで絶望するのは下らねえ。死ぬなら撃沈してからでも遅くはねえだろ」

 少年は口を真一文字に結んで俯いている。弓永は更に続ける。

「それともイジメか? 下らねえ。死ぬならイジメたヤツも道連れにしな。じゃなきゃ、お前はただの負け犬。やっちまえよ。そうすりゃドローだ。どうせお前が生き延びて不登校になったとしても、学校は結局小さな社会だ。小さな社会ですら他人に迫害されてるんなら、社会に出ても同じだ。なら、やられるばかりじゃなくて、一度だけでいいから復讐はしといたほうがいい。あの世で後悔したくなけりゃあな」

 少年は黙ったままだった。電車はホームから出、駅を後にする。少年は名残惜しいといわんばかりに電車を見送る。弓永は少年の肩から手を離す。

「行きな。後のことは自分で決めな。他人に流され、利用されて生きていくか、自分で未来を切り開くか。すべてはお前次第だ」

 弓永がそういい終わると、少年は弓永の顔を眺めると俯き、小声で何かいって改札のほうへと去っていった。弓永は少年が駅から出ていく背中を見送った。

 それからというもの、特段これといって高校生らしき少年の自殺も殺人も弓永の耳に届くことはなかった。
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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