【冷たい墓石で鬼は泣く~弐拾参~】
文字数 1,208文字
まるで空気が軋んでいるようだった。
ついにいってしまったとわたしは若干の後悔をしつつ、自分が勘当される覚悟も決めていた。馬乃助がそういうことでウソをつくとは思わなかった。確かにあの男は自由奔放でメチャクチャな男であり、頭も良くて策士な一面もあることは重々承知していたが、そういうところで他人を貶めるような男でないことは兄であるわたしがよく知っていた。
そう。馬乃助はある意味で何処までも純粋な男だった。
求めるモノは剣術の腕前と頭の良さといった自分の根にある能力だけであり、地位や名誉、そして財産といったモノには一切興味を示さなかった。それは、そういったモノが自分を裕福にし、安住させるからであると一般の者たちが考えるのに対して、馬乃助はそういったモノが自分にとっての重荷でしかなく、自分の足にまとわりつく泥でしかないと考えているからだった。
だからこそ、馬乃助が次男に生まれたのはある意味で幸運だった。跡継ぎというしがらみにとらわれることなく、のびのびと自分の能力を伸ばし、婿に行く前に家を飛び出してしまったのは、馬乃助にとっては本望だったに違いない。
わたしもそうなりたかった。だが、そうなれなかった。わたしは馬乃助のような奔放さに憧れつつも地位と名誉、財産欲というモノを捨てきれなかった。それ故に、わたしは何をやっても中途半端だったのだろう。
「今、何といった?」
父上の声は強張っていた。それは明らかな緊張であり怒りだった。何故そのことを蒸し返すという怒りと、バレてしまったという恐怖と焦りだった。目を剥き、わたしのほうを振り返る様は明らかな動揺だった。
「おはるは父上の差し金で殺された。そう申したのです」
「ふざけるな!」
父上は振り返り様立ち上がり、わたしの頬を平手で打った。父上は興奮していた。息は乱れ、肩は怒っていた。力が入りすぎていて、平手打ちも大した痛みはなかった。わたしは父の怒りに構わず続けた。
「すべては馬乃助から聞きました」
「あんな負け犬のいうことを信じるのか!?」
「えぇ。あの男は、そういうところで何処までも純粋ですから」
「ふざけるな! 貴様は父であるわたしと弟であった馬乃助のどちらを信用するというのだ! 自分のいっていることが同時に家柄に弓を引くことだと自覚しているのか!?」
「それは重々承知しております。だからこそ、わたしは家を継ぐには相応しくない。それならば、父上と真剣にて最期の勝負をし、それにてすべてを決したいと思っておるのです」
「貴様......」父上の顔は青ざめていた。「あり得ない話ではあるが、もし、もし仮に、だ。貴様が勝ち、わたしが死んだ場合はどうする。牛野家を継いでくれるのか?」
「家は継ぎませぬ」わたしは断言した。「その代わり、父上も死ぬことはまりあせぬ」
わたしのことばを父上は理解しかねている様子だった。
だが、わたしにはそれをするだけの考えがあった。
【続く】
ついにいってしまったとわたしは若干の後悔をしつつ、自分が勘当される覚悟も決めていた。馬乃助がそういうことでウソをつくとは思わなかった。確かにあの男は自由奔放でメチャクチャな男であり、頭も良くて策士な一面もあることは重々承知していたが、そういうところで他人を貶めるような男でないことは兄であるわたしがよく知っていた。
そう。馬乃助はある意味で何処までも純粋な男だった。
求めるモノは剣術の腕前と頭の良さといった自分の根にある能力だけであり、地位や名誉、そして財産といったモノには一切興味を示さなかった。それは、そういったモノが自分を裕福にし、安住させるからであると一般の者たちが考えるのに対して、馬乃助はそういったモノが自分にとっての重荷でしかなく、自分の足にまとわりつく泥でしかないと考えているからだった。
だからこそ、馬乃助が次男に生まれたのはある意味で幸運だった。跡継ぎというしがらみにとらわれることなく、のびのびと自分の能力を伸ばし、婿に行く前に家を飛び出してしまったのは、馬乃助にとっては本望だったに違いない。
わたしもそうなりたかった。だが、そうなれなかった。わたしは馬乃助のような奔放さに憧れつつも地位と名誉、財産欲というモノを捨てきれなかった。それ故に、わたしは何をやっても中途半端だったのだろう。
「今、何といった?」
父上の声は強張っていた。それは明らかな緊張であり怒りだった。何故そのことを蒸し返すという怒りと、バレてしまったという恐怖と焦りだった。目を剥き、わたしのほうを振り返る様は明らかな動揺だった。
「おはるは父上の差し金で殺された。そう申したのです」
「ふざけるな!」
父上は振り返り様立ち上がり、わたしの頬を平手で打った。父上は興奮していた。息は乱れ、肩は怒っていた。力が入りすぎていて、平手打ちも大した痛みはなかった。わたしは父の怒りに構わず続けた。
「すべては馬乃助から聞きました」
「あんな負け犬のいうことを信じるのか!?」
「えぇ。あの男は、そういうところで何処までも純粋ですから」
「ふざけるな! 貴様は父であるわたしと弟であった馬乃助のどちらを信用するというのだ! 自分のいっていることが同時に家柄に弓を引くことだと自覚しているのか!?」
「それは重々承知しております。だからこそ、わたしは家を継ぐには相応しくない。それならば、父上と真剣にて最期の勝負をし、それにてすべてを決したいと思っておるのです」
「貴様......」父上の顔は青ざめていた。「あり得ない話ではあるが、もし、もし仮に、だ。貴様が勝ち、わたしが死んだ場合はどうする。牛野家を継いでくれるのか?」
「家は継ぎませぬ」わたしは断言した。「その代わり、父上も死ぬことはまりあせぬ」
わたしのことばを父上は理解しかねている様子だった。
だが、わたしにはそれをするだけの考えがあった。
【続く】