【お前の闇は意外と薄い】
文字数 3,194文字
因縁の仲という関係がある。
決して仲がいいワケではないのだけど、かといって悪いかといわれると返答に困る、そんな関係のことだ。
人は生きていれば様々なジャンルにカテゴライズされた他者と出会うことになる。
まぁ、おれは人をカテゴライズするのは非常に嫌いなのだけど、便宜上、人を分類分けしなければならないことだってある。
いってしまえば「友達」という関係性も、自分の「友達」というフォルダにカテゴライズされた人物たちが当てはまるワケで。また或いは「恋人」というのもカテゴライズのひとつだと思うのだーーおれにはフォルダすらないがな。
さて、そんな感じでいうと、人間は自分の意思や意図とはまったく関係のないところで無意識に他人をカテゴライズしているワケだ。
そんな中でも、あまりポジティブでない関係ーーむしろネガティブな方向性が強い関係というのも勿論ある。
それは「嫌いなヤツ」や「苦手なヤツ」など様々だ。
かくいうおれはというと、「嫌いなヤツ」は恐らくそんなに存在しない。そもそも怒りというエネルギーをやたら使う感情をずっと維持できるワケがないし、そんな感情は気づいたらなくなっているというのが殆どだ。
逆に「苦手なヤツ」に関しては少なくない。そもそも他人からそう思われているであろう五条氏がいうなよって話ではあるけど、こんなおれでも苦手な相手というのはいる。
そして、その中のサブジャンルとして「因縁の相手」というのは存在すると思うのだ。
とはいえ、因縁なんてモノは案外そう思っているのは自分だけで、相手は全然そんなことを思っていないなんてことはザラにある。
そもそも人間の脳は井の中の蛙になりがちだ。自分でこうと判断すると、それがどんなに間違っていようと、そうだと信じようとする傾向がある。結局、因縁なんてモノは個人の意識が作り出す幻影でしかないのかもしれない。
というワケで『遠征芝居篇』の第六回である。結構長期化しそうな予感。あらすじーー
「本番をやる喫茶店を見学しよう。そういうことで五条氏と『デュオニソス』のメンバーは、森ちゃんの運転する車に乗って遠征先へと向かった。会場となる喫茶店はノスタルジックな雰囲気を醸し出す素敵な場所だった。チラシの撮影と店内の見学を終えて食事を済ませると、五条氏は『デュオニソス』のメンバーと共に喫茶店を後にするのだった」
と、こんな感じか。じゃ、やってくーー
喫茶店を後にして、あとは帰るだけとなったーーはずだった。が、森ちゃんはいった。
「一緒に芝居を打つ劇団が稽古中みたいなんで、ちょっと乱入してみますか」
それはマズイ。
いや、別にマズくはないんだけど、おれ個人としては非常にマズイ。
一年前の記憶が甦る。突然の気絶でストップする公演。滅茶苦茶に申し訳ない気持ち。こんな心境では顔を合わせづらいのはいうまでもなかった。というか、合わせられないよね。
反面、車内はノリノリ。そもそも行きたくないオーラを出す理由もなければ、何よりもいざ本番を打つ時に絶対顔を合わせるのだから、それなら先に顔を合わせておいたほうがいい。
とはいえ、気は乗らない。多分、おれの笑顔は引き吊っていたと思う。
十数分ほどで、稽古をやっているという公民館へと着いた。森ちゃんを先頭に稽古場へ向かう。おれ?ーー当然、最後尾。
部屋の前に来ると、セリフをいう声が聴こえて来た。「どうも、お邪魔します」と森ちゃんは室内へと入っていった。森ちゃんに続き、よっしーにゆうこ。おれは数秒だけ壁に隠れていたが、意を決してすぐに室内へ入った。
室内は歓迎ムード。朗らかな雰囲気で非常に砕けていた。とはいえ、初対面の人たちとの顔合わせだ。よっしーとゆうこも明らかに緊張していた。おれは別の意味で緊張していた。
おれたちは壁沿いに立って、目の前で繰り広げられる稽古を見学していた。
とはいえ緊張で頭は真っ白。何をやっているかなんて頭に入って来ない。久しぶりにパニック障害が出てきそうでほんとキツかったわ。
おれたちが見学しに来た『不思議なウタゲ』という劇団は、比較的若い劇団で、主宰の下留さんは、何でも森ちゃんが通っていた大学及び演劇サークルのOBらしかった。とはいえ、おれたちよりもちょっと年上なんだけどね。
下留さんは何とも気さくな雰囲気でおれたちに話し掛けてくれた。見た目は陽気なラッパーといった感じで、何ともノリが良かった。
芝居がストップし、演出である下留さんのダメ出しが終わると、一旦稽古を中断して、互いのグループの交流会をすることに。
イスで輪を作り、一人ひとり自己紹介をしていく。先にウタゲの皆さん、続いてデュオニソスという順番で、おれは森ちゃんの次ーー即ちデュオニソスで二番目に自己紹介をすることに。
森ちゃんの自己紹介が終了し、とうとう順番が回って来た。おれはヘラヘラした表情のまま立ち上がり、ことばを紡いだ。
まぁ、緊張はしていたけども、そういう場でも口八丁というか、適当にことばが出てくる五条氏だ。自己紹介は難なく終了。
それから雑談の時間になったのだけど、その際に下留さんはこういったーー
「去年の公演で倒れちゃったのは、ゆうこさんかな?」
核心、来たり。ただし、標的はズレている。おれは咄嗟にいったーー
「あっ……、おれです。あの時は本当にごめんなさい! 芝居を止めてしまって!」
人間、先に謝るが勝ちだ。何かわだかまりのようなモノがあるならば、さっさと謝ってしまったほうが、人と人との関係は滑らかになる。
ましてやこれから一緒に公演を打とうとしている相手なのだ。下手にわだかまりを残しても仕方ない。それに対し、下留さんはーー
「あぁ、いやいや、こちらも配慮できなくて本当に申し訳ない。あの後、大丈夫だった?」
おれは、大丈夫と答えた。すると下留さんは、「なら良かった。心配したよ」といい、そのことは気にしていないといってくれた。
大人の対応、といえばそれまでになるが、その大人の対応が人のマインドを救うこともある。紛れもなく、おれは下留さんのことばに救われていた。
ウタゲのメンツの顔色を微かに伺うと、みな一様に明るい笑顔。救われた気分だった。
それから三〇分から一時間ほど雑談をし、おれたち一行は稽古場を後にしたのだった。
「あたし、緊張して全然喋れなかったなぁ」
よっしーがいう。人付き合いになれているように見えて案外人見知りらしい。
「わたしも全然ダメでしたよぉー! ゴジョーさん、メッチャ喋ってましたねぇ!」
メッチャ喋ってた。おれは緊張すると滅茶苦茶に喋ってしまうクセがある。多分、それなのだろう。ただ、それもあるけど、何よりウタゲの皆さんと話してて楽しかった。だから、バカみたいに喋りまくってしまったのだと思う。
気づけば、出発前に抱いていたうしろめたさは消えていた。
何だか胸がスーっとした。おれは自分のマインドという暗く深い井戸の中で、ひとり腐っていただけだったのだ。おれは微笑して答えた。
「まぁ、喋ってしまったねぇ。そんなことよりゆうこ、ーーセクハラ発言により削除ーー」
「うわぁー! お前気持ち悪いんだよぉー!
馬鹿ぁーッ! 変態ッ! 」ゆうこが叫ぶ。
まぁ、年下女子へのセクハラ発言とか、普通にアウトなんだけど、おれとゆうこの間ではもはや定番のやり取りだった。
というか、本心から嫌がられてたりしたら、いい返されないか、冷ややかな対応されるか、だよな。何だかんだ、彼女とは仲いいからそんなことがいえるワケだ。
そんな感じで、下らない話から四人で出来るゲームをやったりし、最終的に川澄へ戻り四人でうどんを食って帰りましたとさ。何だかんだ、人生楽しんでるよなぁ。
帰り道、夜空に光る星空のカーテンはいつも以上に澄んでいた。
【続く】
決して仲がいいワケではないのだけど、かといって悪いかといわれると返答に困る、そんな関係のことだ。
人は生きていれば様々なジャンルにカテゴライズされた他者と出会うことになる。
まぁ、おれは人をカテゴライズするのは非常に嫌いなのだけど、便宜上、人を分類分けしなければならないことだってある。
いってしまえば「友達」という関係性も、自分の「友達」というフォルダにカテゴライズされた人物たちが当てはまるワケで。また或いは「恋人」というのもカテゴライズのひとつだと思うのだーーおれにはフォルダすらないがな。
さて、そんな感じでいうと、人間は自分の意思や意図とはまったく関係のないところで無意識に他人をカテゴライズしているワケだ。
そんな中でも、あまりポジティブでない関係ーーむしろネガティブな方向性が強い関係というのも勿論ある。
それは「嫌いなヤツ」や「苦手なヤツ」など様々だ。
かくいうおれはというと、「嫌いなヤツ」は恐らくそんなに存在しない。そもそも怒りというエネルギーをやたら使う感情をずっと維持できるワケがないし、そんな感情は気づいたらなくなっているというのが殆どだ。
逆に「苦手なヤツ」に関しては少なくない。そもそも他人からそう思われているであろう五条氏がいうなよって話ではあるけど、こんなおれでも苦手な相手というのはいる。
そして、その中のサブジャンルとして「因縁の相手」というのは存在すると思うのだ。
とはいえ、因縁なんてモノは案外そう思っているのは自分だけで、相手は全然そんなことを思っていないなんてことはザラにある。
そもそも人間の脳は井の中の蛙になりがちだ。自分でこうと判断すると、それがどんなに間違っていようと、そうだと信じようとする傾向がある。結局、因縁なんてモノは個人の意識が作り出す幻影でしかないのかもしれない。
というワケで『遠征芝居篇』の第六回である。結構長期化しそうな予感。あらすじーー
「本番をやる喫茶店を見学しよう。そういうことで五条氏と『デュオニソス』のメンバーは、森ちゃんの運転する車に乗って遠征先へと向かった。会場となる喫茶店はノスタルジックな雰囲気を醸し出す素敵な場所だった。チラシの撮影と店内の見学を終えて食事を済ませると、五条氏は『デュオニソス』のメンバーと共に喫茶店を後にするのだった」
と、こんな感じか。じゃ、やってくーー
喫茶店を後にして、あとは帰るだけとなったーーはずだった。が、森ちゃんはいった。
「一緒に芝居を打つ劇団が稽古中みたいなんで、ちょっと乱入してみますか」
それはマズイ。
いや、別にマズくはないんだけど、おれ個人としては非常にマズイ。
一年前の記憶が甦る。突然の気絶でストップする公演。滅茶苦茶に申し訳ない気持ち。こんな心境では顔を合わせづらいのはいうまでもなかった。というか、合わせられないよね。
反面、車内はノリノリ。そもそも行きたくないオーラを出す理由もなければ、何よりもいざ本番を打つ時に絶対顔を合わせるのだから、それなら先に顔を合わせておいたほうがいい。
とはいえ、気は乗らない。多分、おれの笑顔は引き吊っていたと思う。
十数分ほどで、稽古をやっているという公民館へと着いた。森ちゃんを先頭に稽古場へ向かう。おれ?ーー当然、最後尾。
部屋の前に来ると、セリフをいう声が聴こえて来た。「どうも、お邪魔します」と森ちゃんは室内へと入っていった。森ちゃんに続き、よっしーにゆうこ。おれは数秒だけ壁に隠れていたが、意を決してすぐに室内へ入った。
室内は歓迎ムード。朗らかな雰囲気で非常に砕けていた。とはいえ、初対面の人たちとの顔合わせだ。よっしーとゆうこも明らかに緊張していた。おれは別の意味で緊張していた。
おれたちは壁沿いに立って、目の前で繰り広げられる稽古を見学していた。
とはいえ緊張で頭は真っ白。何をやっているかなんて頭に入って来ない。久しぶりにパニック障害が出てきそうでほんとキツかったわ。
おれたちが見学しに来た『不思議なウタゲ』という劇団は、比較的若い劇団で、主宰の下留さんは、何でも森ちゃんが通っていた大学及び演劇サークルのOBらしかった。とはいえ、おれたちよりもちょっと年上なんだけどね。
下留さんは何とも気さくな雰囲気でおれたちに話し掛けてくれた。見た目は陽気なラッパーといった感じで、何ともノリが良かった。
芝居がストップし、演出である下留さんのダメ出しが終わると、一旦稽古を中断して、互いのグループの交流会をすることに。
イスで輪を作り、一人ひとり自己紹介をしていく。先にウタゲの皆さん、続いてデュオニソスという順番で、おれは森ちゃんの次ーー即ちデュオニソスで二番目に自己紹介をすることに。
森ちゃんの自己紹介が終了し、とうとう順番が回って来た。おれはヘラヘラした表情のまま立ち上がり、ことばを紡いだ。
まぁ、緊張はしていたけども、そういう場でも口八丁というか、適当にことばが出てくる五条氏だ。自己紹介は難なく終了。
それから雑談の時間になったのだけど、その際に下留さんはこういったーー
「去年の公演で倒れちゃったのは、ゆうこさんかな?」
核心、来たり。ただし、標的はズレている。おれは咄嗟にいったーー
「あっ……、おれです。あの時は本当にごめんなさい! 芝居を止めてしまって!」
人間、先に謝るが勝ちだ。何かわだかまりのようなモノがあるならば、さっさと謝ってしまったほうが、人と人との関係は滑らかになる。
ましてやこれから一緒に公演を打とうとしている相手なのだ。下手にわだかまりを残しても仕方ない。それに対し、下留さんはーー
「あぁ、いやいや、こちらも配慮できなくて本当に申し訳ない。あの後、大丈夫だった?」
おれは、大丈夫と答えた。すると下留さんは、「なら良かった。心配したよ」といい、そのことは気にしていないといってくれた。
大人の対応、といえばそれまでになるが、その大人の対応が人のマインドを救うこともある。紛れもなく、おれは下留さんのことばに救われていた。
ウタゲのメンツの顔色を微かに伺うと、みな一様に明るい笑顔。救われた気分だった。
それから三〇分から一時間ほど雑談をし、おれたち一行は稽古場を後にしたのだった。
「あたし、緊張して全然喋れなかったなぁ」
よっしーがいう。人付き合いになれているように見えて案外人見知りらしい。
「わたしも全然ダメでしたよぉー! ゴジョーさん、メッチャ喋ってましたねぇ!」
メッチャ喋ってた。おれは緊張すると滅茶苦茶に喋ってしまうクセがある。多分、それなのだろう。ただ、それもあるけど、何よりウタゲの皆さんと話してて楽しかった。だから、バカみたいに喋りまくってしまったのだと思う。
気づけば、出発前に抱いていたうしろめたさは消えていた。
何だか胸がスーっとした。おれは自分のマインドという暗く深い井戸の中で、ひとり腐っていただけだったのだ。おれは微笑して答えた。
「まぁ、喋ってしまったねぇ。そんなことよりゆうこ、ーーセクハラ発言により削除ーー」
「うわぁー! お前気持ち悪いんだよぉー!
馬鹿ぁーッ! 変態ッ! 」ゆうこが叫ぶ。
まぁ、年下女子へのセクハラ発言とか、普通にアウトなんだけど、おれとゆうこの間ではもはや定番のやり取りだった。
というか、本心から嫌がられてたりしたら、いい返されないか、冷ややかな対応されるか、だよな。何だかんだ、彼女とは仲いいからそんなことがいえるワケだ。
そんな感じで、下らない話から四人で出来るゲームをやったりし、最終的に川澄へ戻り四人でうどんを食って帰りましたとさ。何だかんだ、人生楽しんでるよなぁ。
帰り道、夜空に光る星空のカーテンはいつも以上に澄んでいた。
【続く】