【冷たい墓石で鬼は泣く~参拾弐~】

文字数 1,091文字

 薄暗い一室にはほのかな炎が照っているだけだった。

 わたしの前には師範とふたりの若い門弟がいる。ふたりとも、もうひとりのわたしーー馬乃助を発見し、わたしと師範を導いたふたりだった。門弟ふたりは非常に居心地の悪そうだった。同時にわたしの顔に穴が空きそうなほど強い視線を向けていた。

「牛野さん、どういうことか説明して貰えないだろうか?」

 師範が訊ねた。門弟のひとりが小さく首を縦に振った。わたしはコクりと頷いた。

「それも仕方ないでしょうね。ただ、これでお分かりになったかと思いますが、ヤクザと一緒にいるのはわたしではない」

 わたしは三人に馬乃助のことを話した。牛野家の子息で本当に優秀だったのは次男の馬乃助であり、長男のわたしはさほど優秀ではないと告白せざるを得なかった。同時にわたしと馬乃助が牛野家を出ることとなった経緯も同様に話さざるを得なかった。

 師範は真剣な表情で話を聴いていた。門弟のふたりは呆然としていた。そもそも、優秀だった弟は跡継ぎからは外れているどころか、そういった家柄のようなモノにはまったく興味がなく、それどころか自分を高めることにしか興味がなかったうえに、権力というモノを非常に嫌っていた。それが馬乃助が牛野家を出ていくだけの理由になった。

 次にわたしの話をした。自分の話を後回しにしたのは、いうまでもなくあまり話したくなかったからだった。とはいえ黙ってもいられなかった。わたしは打ち明けざるを得なかった。自分が大したことのないことを。父の策略で最愛の人を失い、木刀でありながら父を討ち、屋敷を出たことを。

 門弟ふたりはもはや居心地が悪いなんて様子ではなかった。そもそも師範代が実は大した力量ではないと聴かされてどう反応していいのかわからなくなるのは当然のことだろう。だが、師範は口を真一文字に結んで二、三回頷くと口を開いた。

「そうでしたか、大変でしたね」師範の声は、笑顔は、柔らかく暖かかった。「しかし、その馬乃助殿とはーー」

 馬乃助ーーあの時、馬乃助は確かにヤクザと共に行動していた。女郎屋に入っていくヤクザを尻目に馬乃助が女郎屋の前に待機することにしたのはひとえにーー

「おれを付けてるヤツがいるのはわかってたけどよ。まさかテメェだったとはな」

 とのことだった。流石としかいえなかった。牛野の屋敷にいた時よりも感覚が鋭くなっていた。恐らく、剣の腕も。

 結局、馬乃助と長々と話すことは出来なかった。ヤクザの一派が戻って来てしまったからだった。最後の最後、わたしが馬乃助にいったのはーー

「今すぐ、ここから離れてくれないか。ヤクザの用心棒も辞めて欲しい」

 【続く】

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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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