【藪医者放浪記~捌拾死~】
文字数 590文字
それはまったく理解の出来ない光景だった。
確かにこの急場であれば、衣服も乱れはするだろう。だが、猿田源之助も牛野寅三郎もそんな急場よりももっと忙しいーーいってしまえば取っ組み合いでもしたかのように衣服が大きく乱れていた。
一見すればふたりで取っ組み合いのケンカでもしていたのか、とでもいわんばかりの様子ではあったが、こんな時に反目し合う者同士とはいえ、そんな争っている暇などないだろう。
お雉にとって、寅三郎の存在は未知だったが、少なくとも猿田のことは結構なことを知っている。可能な限り争うことをしたくないということも、争いを避けようとすることも。
それに何よりも違和感なのは、争ったかのように衣服が乱れているというのに、猿田と寅三郎のふたりは一見して仲が悪そうには見えないということだった。お雉が抱いた違和感の正体はそれだった。
「アンタたち何してんの?」
それは疑問というより、問い詰めに近かった。それほど意外な光景だった。そもそも、寅三郎の衣服が先程とは変わって黒づくめになっていた。まさか、泥棒だろうか。いや、泥棒であれば泥棒らしい『におい』を持っているはず。少なくとも寅三郎から泥棒らしいにおいは感じられなかった。
猿田、寅三郎ーーふたりして黙りこくっていた。可笑しい。それに寅三郎のほうはさっきから両手をうしろに回したままだ。
お雉の疑念は募るばかりだった。
【続く】
確かにこの急場であれば、衣服も乱れはするだろう。だが、猿田源之助も牛野寅三郎もそんな急場よりももっと忙しいーーいってしまえば取っ組み合いでもしたかのように衣服が大きく乱れていた。
一見すればふたりで取っ組み合いのケンカでもしていたのか、とでもいわんばかりの様子ではあったが、こんな時に反目し合う者同士とはいえ、そんな争っている暇などないだろう。
お雉にとって、寅三郎の存在は未知だったが、少なくとも猿田のことは結構なことを知っている。可能な限り争うことをしたくないということも、争いを避けようとすることも。
それに何よりも違和感なのは、争ったかのように衣服が乱れているというのに、猿田と寅三郎のふたりは一見して仲が悪そうには見えないということだった。お雉が抱いた違和感の正体はそれだった。
「アンタたち何してんの?」
それは疑問というより、問い詰めに近かった。それほど意外な光景だった。そもそも、寅三郎の衣服が先程とは変わって黒づくめになっていた。まさか、泥棒だろうか。いや、泥棒であれば泥棒らしい『におい』を持っているはず。少なくとも寅三郎から泥棒らしいにおいは感じられなかった。
猿田、寅三郎ーーふたりして黙りこくっていた。可笑しい。それに寅三郎のほうはさっきから両手をうしろに回したままだ。
お雉の疑念は募るばかりだった。
【続く】