【明日、白夜になる前に~伍拾睦~】
文字数 2,569文字
翌朝、小鳥のさえずりが響く美しい日。
早々に会社に行きオフィスに入ると早々に宗方さんと会う。宗方さんは何かコピーを取っているよう。ぼくは気まずさを胸に抱えながらも彼女に近づき、名前を呼ぶ。
彼女はハッとした顔をし、ぼくから目を叛けるようにして視線を下に落とす。終わった。そう感じる。だが、ここで謝らないのは男として、というか人間としてダメだろう。
「昨日はごめん。何というか……、ぼくも自分勝手だったというか……」
「ううん……」宗方さんは首を横に振る。「わたしのほうこそごめんなさい。あんな変な質問して。わたしこそ自分勝手でした」
「そんなことないよ」ぼくは強く否定する。「彼氏でもない男があんな出しゃばって、何というか、迷惑だったよね」
「そんなことないです。逆に嬉しかった」
耳を疑い、ぼくは訊き返す。
「嬉しかった……?」
「うん……。だって、あんな風に心配してくれると思ってなかったから……」
ぼくはことばを紡げなくなってしまった。呆然と佇む。不自然な沈黙と間がぼくと彼女の間で漂う。ぼくはどぎまぎする。
「……あぁ、うん、本当に心配だったから」
「本当ですか?」
「もちろん。でも、ぼくも変に考え過ぎなのかもしれないよね。何というか、ちょっとメッセージの感じが違うからって身構え過ぎ、っていうか……」
「そんなこと……。でも、確かにあの感じはいつもと違いますね。あのぉ、斎藤さん……」
彼女の表情が幾ばくか固くなるのがわかる。
「……何?」
「こうやってわたしと話すよりも、直接確認したほうが早い気がするんです。だから、約束を取りつけて、里村さんと会ってみてはどうでしょうか……」
会ってみてはどうでしょうか。先に進むごとに消え入るそのことばに、彼女の自信のなさというか、不安が表れている気がした。
「うん、そうだね……」
罪悪感が声を殺させる。宗方さんも無言で頷くのみ。ぼくは何ていえばいいのかわからなくなってしまった。少し考えた後、ぼくはいう。
「ありがとう……」
「ううん……、全然大丈夫、ですよ……」
「いや、そうじゃなくて」まるでことばが自分の内に吸い込まれて行くようだったが、ぼくはそれを何とかして外へ吐き出す。「……何というか、こんな風に話が出来るの、宗方さんしかいない、と思ったから」
「え……」彼女はハッとしてぼくを見る。「わたしだけ……?」
「うん……」
「でも、里村さんは……?」
「確かにそうだけど、でも彼女は気軽に話が出来る友人って感じで。何というか、ぼくは友達も少ないし、友達にも変に気を使ってしまって。でも、宗方さんになら自分の抱えているモノを打ち明けても大丈夫だろうって……」
それは本当だった。別に彼女の気持ちに付け入るとか、そんな作為的な気持ちはなく、ナチュラルに彼女なら信用出来ると思ったのだ。
「ありがとう、ございます……。でも、どうしてわたしなんですか……?」
「それは……」ぼくは恥ずかしさを圧し殺してことばを紡ぐ。「……だって、宗方さんは仕事も出来るし、人からも信頼されているし、優しいし、気転が利くし、それにーー」
圧し殺していた恥ずかしさがここに来て盛り返して来る。ぼくは目を伏し黙り込む。グッと握った手が震える。もうどうにでもなれ。
「いや、そんなんじゃなくてさ」ぼくは身を投げるようにしていう。「嬉しかったんだ。覚えてるかな。右手がダメになって落ち込んでるところに、宗方さんがコーヒー持ってきてくれて、色々と良くしてくれたこと。正直、あの一件以来、女性は信用出来ないと思ってた。でも、殻にこもりつつある中で、宗方さんがぼくの殻を優しく叩いてくれたから、だからーー」
「やぁ、おはよう。ふたりとも早いね」
ハッとして振り返る。と、そこには小林さんがそこにいる。何も見ていないといった感じで、そこには固さはない。
「あ、おはようございます!」
思わず声が上ずってしまう。だが、小林さんは何も気づいていないように、
「うん、じゃあ、今日も頑張って行こうね」
と自分のデスクにつく。ぼくと宗方さんはサッと会釈してそれぞれ散る。
ぼくは自分のデスクにつき、自分の仕事に就こうとする。と、スマホが振動したのに気づき、懐からスマホを取り出して確認する。
小林さんからだ。画面をタップしてメッセージを確認する。
「大事な話をするなら時間と場所を選ぶこと。ぼくだったからいいけど、あと少しで他の人が来るところだったよ。それと、ぼくはお見合い相手を紹介したけど、どうするかはキミ次第だから、変に義理がどうとか思わないように」
これには申しワケなくなった。多分、ぼくと宗方さんのやり取りを見ていたのだろう。それに、中西さんとの縁談を取り持ってくれた立場として、そのメンツを立てないぼくに思うことがないワケがない。それを見て見ぬ振りしてくれているなんて。つくづく小林さんには頭が上がらないな、と思う。
ぼくはさっきのことを詫びつつ、感謝のことばを打ち込んで小林さんに返信した。
もちろん、宗方さんにも、だ。彼女さえ良かったら、後でお詫びをしなければならないだろう。その意を付け加えてメッセージを送る。
そして、里村さんだ。ずっとメッセージを放置してしまったが、ぼくはそれに対し、
「連絡遅れてごめん。埋め合わせっていっちゃ何だけど、今度また会えないかな。何か美味しいモノ、ご馳走させてよ」
そう書いて送信しようとした時、別でメッセージが届く。ぼくは里村さんへのメッセージを送信して、新しく来たメッセージを開く。
中西さんからだった。小林さんに組んで頂いた縁談の相手。一時はぎこちないメッセージのやり取りをしていたけど、最近は音沙汰がなかった。その内容は、
「お久しぶりです! もし良かったら、今度ご飯でも行きませんか?」
何てことのないメッセージ。だが、今は里村さんの無事を確認し、ぼくの不安を解消することが先だろう。そうでないと、女性と一緒に歩くことすらままならないだろうから。
「久しぶり。今ちょっと立て込んでるので、それが何とかなったら改めて連絡します」
そう打って返信すると、ぼくは大きく息をつく。だが、何かが可笑しかった。しかし、それが何かはハッキリといえなかった。
やはり、さっさと不安を解消しなければ。
メッセージが来たーー
【続く】
早々に会社に行きオフィスに入ると早々に宗方さんと会う。宗方さんは何かコピーを取っているよう。ぼくは気まずさを胸に抱えながらも彼女に近づき、名前を呼ぶ。
彼女はハッとした顔をし、ぼくから目を叛けるようにして視線を下に落とす。終わった。そう感じる。だが、ここで謝らないのは男として、というか人間としてダメだろう。
「昨日はごめん。何というか……、ぼくも自分勝手だったというか……」
「ううん……」宗方さんは首を横に振る。「わたしのほうこそごめんなさい。あんな変な質問して。わたしこそ自分勝手でした」
「そんなことないよ」ぼくは強く否定する。「彼氏でもない男があんな出しゃばって、何というか、迷惑だったよね」
「そんなことないです。逆に嬉しかった」
耳を疑い、ぼくは訊き返す。
「嬉しかった……?」
「うん……。だって、あんな風に心配してくれると思ってなかったから……」
ぼくはことばを紡げなくなってしまった。呆然と佇む。不自然な沈黙と間がぼくと彼女の間で漂う。ぼくはどぎまぎする。
「……あぁ、うん、本当に心配だったから」
「本当ですか?」
「もちろん。でも、ぼくも変に考え過ぎなのかもしれないよね。何というか、ちょっとメッセージの感じが違うからって身構え過ぎ、っていうか……」
「そんなこと……。でも、確かにあの感じはいつもと違いますね。あのぉ、斎藤さん……」
彼女の表情が幾ばくか固くなるのがわかる。
「……何?」
「こうやってわたしと話すよりも、直接確認したほうが早い気がするんです。だから、約束を取りつけて、里村さんと会ってみてはどうでしょうか……」
会ってみてはどうでしょうか。先に進むごとに消え入るそのことばに、彼女の自信のなさというか、不安が表れている気がした。
「うん、そうだね……」
罪悪感が声を殺させる。宗方さんも無言で頷くのみ。ぼくは何ていえばいいのかわからなくなってしまった。少し考えた後、ぼくはいう。
「ありがとう……」
「ううん……、全然大丈夫、ですよ……」
「いや、そうじゃなくて」まるでことばが自分の内に吸い込まれて行くようだったが、ぼくはそれを何とかして外へ吐き出す。「……何というか、こんな風に話が出来るの、宗方さんしかいない、と思ったから」
「え……」彼女はハッとしてぼくを見る。「わたしだけ……?」
「うん……」
「でも、里村さんは……?」
「確かにそうだけど、でも彼女は気軽に話が出来る友人って感じで。何というか、ぼくは友達も少ないし、友達にも変に気を使ってしまって。でも、宗方さんになら自分の抱えているモノを打ち明けても大丈夫だろうって……」
それは本当だった。別に彼女の気持ちに付け入るとか、そんな作為的な気持ちはなく、ナチュラルに彼女なら信用出来ると思ったのだ。
「ありがとう、ございます……。でも、どうしてわたしなんですか……?」
「それは……」ぼくは恥ずかしさを圧し殺してことばを紡ぐ。「……だって、宗方さんは仕事も出来るし、人からも信頼されているし、優しいし、気転が利くし、それにーー」
圧し殺していた恥ずかしさがここに来て盛り返して来る。ぼくは目を伏し黙り込む。グッと握った手が震える。もうどうにでもなれ。
「いや、そんなんじゃなくてさ」ぼくは身を投げるようにしていう。「嬉しかったんだ。覚えてるかな。右手がダメになって落ち込んでるところに、宗方さんがコーヒー持ってきてくれて、色々と良くしてくれたこと。正直、あの一件以来、女性は信用出来ないと思ってた。でも、殻にこもりつつある中で、宗方さんがぼくの殻を優しく叩いてくれたから、だからーー」
「やぁ、おはよう。ふたりとも早いね」
ハッとして振り返る。と、そこには小林さんがそこにいる。何も見ていないといった感じで、そこには固さはない。
「あ、おはようございます!」
思わず声が上ずってしまう。だが、小林さんは何も気づいていないように、
「うん、じゃあ、今日も頑張って行こうね」
と自分のデスクにつく。ぼくと宗方さんはサッと会釈してそれぞれ散る。
ぼくは自分のデスクにつき、自分の仕事に就こうとする。と、スマホが振動したのに気づき、懐からスマホを取り出して確認する。
小林さんからだ。画面をタップしてメッセージを確認する。
「大事な話をするなら時間と場所を選ぶこと。ぼくだったからいいけど、あと少しで他の人が来るところだったよ。それと、ぼくはお見合い相手を紹介したけど、どうするかはキミ次第だから、変に義理がどうとか思わないように」
これには申しワケなくなった。多分、ぼくと宗方さんのやり取りを見ていたのだろう。それに、中西さんとの縁談を取り持ってくれた立場として、そのメンツを立てないぼくに思うことがないワケがない。それを見て見ぬ振りしてくれているなんて。つくづく小林さんには頭が上がらないな、と思う。
ぼくはさっきのことを詫びつつ、感謝のことばを打ち込んで小林さんに返信した。
もちろん、宗方さんにも、だ。彼女さえ良かったら、後でお詫びをしなければならないだろう。その意を付け加えてメッセージを送る。
そして、里村さんだ。ずっとメッセージを放置してしまったが、ぼくはそれに対し、
「連絡遅れてごめん。埋め合わせっていっちゃ何だけど、今度また会えないかな。何か美味しいモノ、ご馳走させてよ」
そう書いて送信しようとした時、別でメッセージが届く。ぼくは里村さんへのメッセージを送信して、新しく来たメッセージを開く。
中西さんからだった。小林さんに組んで頂いた縁談の相手。一時はぎこちないメッセージのやり取りをしていたけど、最近は音沙汰がなかった。その内容は、
「お久しぶりです! もし良かったら、今度ご飯でも行きませんか?」
何てことのないメッセージ。だが、今は里村さんの無事を確認し、ぼくの不安を解消することが先だろう。そうでないと、女性と一緒に歩くことすらままならないだろうから。
「久しぶり。今ちょっと立て込んでるので、それが何とかなったら改めて連絡します」
そう打って返信すると、ぼくは大きく息をつく。だが、何かが可笑しかった。しかし、それが何かはハッキリといえなかった。
やはり、さっさと不安を解消しなければ。
メッセージが来たーー
【続く】