【藪医者放浪記~漆拾壱~】
文字数 1,141文字
高らかな宣言と共に戦いの火蓋は切られた。
そして、それを陰で聴いていた者はハッとした。そう、猿田源之助と牛野寅三郎、そして茂作の三人である。
「おい、始まっちまったぞ!?」
茂作がいうと、寅三郎は物陰へと素早く移動し、中庭のほうを覗き見た。その様はとても力んでいて、緊張感に満ちていた。
「どうしたのです?」
猿田が訊ねると、寅三郎は首を横に振った。何処となくやってしまったというように肩を落とし、うなだれているようだった。
「始まってしまいましたか......」
「そりゃあ、な」茂作はいった。「決闘だって喚いたのはそちら様の大将なワケだし、それも仕方ないんじゃないか?」
寅三郎は動かなかった。ただ、背中でふたりのことばを聞き、まるで自分が無力な存在でしかないとするように縁をグッと握った。
「行かなくて、よろしいのですか?」
猿田が訊ねると、寅三郎は渋々といった様子でコクりと頷いた。
「......あの方では勝てない」
寅三郎のことばに猿田と茂作は驚きを見せた。それもそうだろう。自分の主である藤十郎を応援、見守るどころか、既にその敗北を見据えて絶望してしまっているのだから。
「でもよ!」茂作がいった。「相手は何も持ってねえんだろ? で、アンタの大将は刀を持ってて。それなら......」
「いえ」猿田が口を挟んだ。「あの御方の敗けは決定的でしょうね」
茂作は驚いた。何故そんなことがいえるのか、と思わず漏れ出す。そして、それに対して寅三郎は何の反論もしない。猿田は答えたーー
「あのリューという御方の手足はまるで鈍器です。なまくらな刀なんかよりもずっと切れ味が鋭い。素人が慣れない武器を持って戦うよりも、素手のリューさんのほうがずっと強いのはいうまでもありません」
「源之助様のいう通りです」寅三郎はいった。「藤十郎様の刀の腕など大したことはないです。そもそもが稽古嫌いで、まともに相手と向き合ったことすらない」
「アンタ、あの坊主に仕えてる身でよくそんなことがいえるな」
「それもそうです。まず、源之助様のいうように、あの者の実力は大層なモノでしょう。そして、藤十郎様、あの方はまともに剣術の稽古などしたことありませんから......」
「は? どういうことだよ」
「藤十郎様はこれまで何度となく稽古という稽古、勝負から逃げて来ました。これまで何人という剣術の先生をやめさせ、最後の最後にわたしが剣術の指導をするようになって、漸くまともにやるようになったとはいえ、それは所詮わたしとの経験だけで、そんなんでは、強くなったとはいえません。もっとたくさんの経験が必要だったんです。でも、あの御方は刀ではなく自分の名前を武器としてしまった。だから、わたしはーー」
寅三郎の肩は震えていた。
【続く】
そして、それを陰で聴いていた者はハッとした。そう、猿田源之助と牛野寅三郎、そして茂作の三人である。
「おい、始まっちまったぞ!?」
茂作がいうと、寅三郎は物陰へと素早く移動し、中庭のほうを覗き見た。その様はとても力んでいて、緊張感に満ちていた。
「どうしたのです?」
猿田が訊ねると、寅三郎は首を横に振った。何処となくやってしまったというように肩を落とし、うなだれているようだった。
「始まってしまいましたか......」
「そりゃあ、な」茂作はいった。「決闘だって喚いたのはそちら様の大将なワケだし、それも仕方ないんじゃないか?」
寅三郎は動かなかった。ただ、背中でふたりのことばを聞き、まるで自分が無力な存在でしかないとするように縁をグッと握った。
「行かなくて、よろしいのですか?」
猿田が訊ねると、寅三郎は渋々といった様子でコクりと頷いた。
「......あの方では勝てない」
寅三郎のことばに猿田と茂作は驚きを見せた。それもそうだろう。自分の主である藤十郎を応援、見守るどころか、既にその敗北を見据えて絶望してしまっているのだから。
「でもよ!」茂作がいった。「相手は何も持ってねえんだろ? で、アンタの大将は刀を持ってて。それなら......」
「いえ」猿田が口を挟んだ。「あの御方の敗けは決定的でしょうね」
茂作は驚いた。何故そんなことがいえるのか、と思わず漏れ出す。そして、それに対して寅三郎は何の反論もしない。猿田は答えたーー
「あのリューという御方の手足はまるで鈍器です。なまくらな刀なんかよりもずっと切れ味が鋭い。素人が慣れない武器を持って戦うよりも、素手のリューさんのほうがずっと強いのはいうまでもありません」
「源之助様のいう通りです」寅三郎はいった。「藤十郎様の刀の腕など大したことはないです。そもそもが稽古嫌いで、まともに相手と向き合ったことすらない」
「アンタ、あの坊主に仕えてる身でよくそんなことがいえるな」
「それもそうです。まず、源之助様のいうように、あの者の実力は大層なモノでしょう。そして、藤十郎様、あの方はまともに剣術の稽古などしたことありませんから......」
「は? どういうことだよ」
「藤十郎様はこれまで何度となく稽古という稽古、勝負から逃げて来ました。これまで何人という剣術の先生をやめさせ、最後の最後にわたしが剣術の指導をするようになって、漸くまともにやるようになったとはいえ、それは所詮わたしとの経験だけで、そんなんでは、強くなったとはいえません。もっとたくさんの経験が必要だったんです。でも、あの御方は刀ではなく自分の名前を武器としてしまった。だから、わたしはーー」
寅三郎の肩は震えていた。
【続く】