【藪医者放浪記~睦拾弐~】

文字数 1,064文字

 汗を掻く音すら聴こえてきそうな静寂だった。

 ひわだ色に黒が混じり始めた夕闇の中で、ふたりの男は赤く染まり、闇で黒くなっていた。互いの表情はまるで意図的に隠されたかのように闇に隠れていた。向かい合う猿田源之助と牛野寅三郎、ふたりの決闘寸前の面持ちを明確に知るのはもはや闇とふたり自身はしかいなかった。

「勝負は三本、先に二本取ったほうが勝ち。よろしいか?」

 仲介役の守山勘十郎がいうと、猿田も寅三郎もコクリと頷き、大丈夫だと返答した。守山はふたりの返答を聴くと、ゆっくりとうしろに下がってからーー

「それでは一本目......始めッ!」

 口火は切られた。猿田と寅三郎は静かに互いの木刀を相手の喉元に突き付けていた。一本目、互いが互いをしっかりと眼の中に焼き付けていた。まばたきは互いにしなかった。ほんの一瞬、目を閉じたその隙にすべてが終わってしまいそうな、そんな緊張感を互いに感じていたのかもしれなかった。それもそうだろう。互いが互いの実力を認めており、かつ対面した時の相手の動き方をしっかりと見なければならないのだから。

 何の動きもないまま時間が過ぎて行った。互いの木刀の切っ先が震えていた。ふたりの木刀の切っ先間は二尺ほどだったろうか。奇襲を仕掛けるには遠すぎるし、逃げの姿勢を取るには近すぎる。上段に構えれば突きが喉元に飛んできそうだったし、そもそも動きが大き過ぎてそれが逆に大きな隙だった。

 敬遠の意味合いを取って、前足を引いて脇に構えるのはアリかもしれないが、それは緊張状態を長引かせるだけなのはいうまでもなかった。そもそも、互いが互いの木刀の長さを知っている時点で、刀身を隠す理由は殆どなかった。踏み込んで斬るというよりは、体を退きながら斬るほうが脇に構える強味は大きい。もちろん、そうなれば逆に斬られるのはいうまでもないし、踏み込みでいえば、右に踏み込み左足を逃がして斬ることも出来ることを考えると、より近づくことは出来なくなる。あと出来ることといえば、刀身を下ろして下段に構えることーー

 猿田はゆっくりと刀身を下に落とし、下段に構えを取った。だが、寅三郎は動かなかった。猿田はフッと笑うと今度は右足を引いて右の八相に構えた。と、今度は寅三郎が刀を下ろして下段に構えた。またもや猿田は静かに笑みを浮かべて見せた。

 と、一方で松平天馬たち。

「うーん、これはキツイねぇ」

 天馬がいうと、茂作が訊ねた。

「何が。退屈で死んじまいそうだよ」

 緊張感のまるでない茂作のひとこととは裏腹に、天馬の表情は引きつり続けていた。

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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