【藪医者放浪記~死拾漆~】
文字数 1,103文字
茂作にとっては長い一日だったはずだ。
そしてその一日が終わる気配はまだなかった。茂作は呆然とするしかなかった。そもそも寅三郎から、藤十郎のことをどう思うかなどといわれて返すことばなどないはずだった。そもそもがさっき会ったばかりの人間についてどうこういえるような立場ではなかったのはいうまでもない。
「いやぁ、そう申されましても......」
ことばに詰まるのは当然だった。そもそも相手は藤十郎の従者、下手なことをいって切り捨てられたら溜まったモンじゃない。このように質問して悪口を引き出すつもりだとしたら、それはとんだ罠。相手がどのような相手かもわからないのに、下手に自分が思っていることを打ち明けるのは危険過ぎた。
だが、寅三郎は朗らかな調子でいった。
「そんな困ることはありませんよ」そういうと、茂作に顔を近づけ、声を潜めてさらにいった。「さすがにこのようなことを口外はいたしません。ただ、わたしは藤十郎様がどのように思われているのか、そればかりが気掛かりでして」
寅三郎も何処か辟易とした様子だった。きっとこの男にも何か思うことがあるのだろう。
ウソをつく人間には大体ふたつの場合がある。ひとつはウソを見破られまいとして、ウソをついている相手に対してこころを開くことなく、多くを語らなくなる場合。そして、もうひとつがーー
「そうなんでございますかぁ? いやぁ、確かにそうかもしれませんね、あの男は。いやね、わたしも医者という立場上、天馬様のお顔に泥を塗ってはいけないからと黙っていましたがね、ちょっとあの上から目線の態度は頂けませんよ!」
やたらと饒舌になり、ウソの上塗りをする場合である。この場合は自分がいっていることが真実だと信じ込ませるために、必死になってしゃべるモノだから、逆にウソくさく見えてしまうのだが、案外、見破れない者はいるモンだったりする。
「あぁ......、やはりそうでしたか......」
残念なことに寅三郎もそのひとりだった。この男、弟は頭のキレる武術の達人でありながら、本人は学問も武術も中途半端で、かつ変に人を信じやすい部分があった。
「でも、そんなこと訊くなんて、どういうことなんでございます? このこと、藤十郎某にお伝えしないで下さいよ?」
茂作は冗談ぽくも何処か真剣に訊ねた。もし、今いったことが藤十郎の耳に入れば、それだけでマズイことになるのはいうまでもない。いや、そもそも身分を偽っている時点で問題しかないのだが。
寅三郎は黙ってしまった。流石に質問の内容にペラペラとしゃべれるようなことでもないらしい。が、寅三郎はまるで何かに観念したかのように口を開いた。
【続く】
そしてその一日が終わる気配はまだなかった。茂作は呆然とするしかなかった。そもそも寅三郎から、藤十郎のことをどう思うかなどといわれて返すことばなどないはずだった。そもそもがさっき会ったばかりの人間についてどうこういえるような立場ではなかったのはいうまでもない。
「いやぁ、そう申されましても......」
ことばに詰まるのは当然だった。そもそも相手は藤十郎の従者、下手なことをいって切り捨てられたら溜まったモンじゃない。このように質問して悪口を引き出すつもりだとしたら、それはとんだ罠。相手がどのような相手かもわからないのに、下手に自分が思っていることを打ち明けるのは危険過ぎた。
だが、寅三郎は朗らかな調子でいった。
「そんな困ることはありませんよ」そういうと、茂作に顔を近づけ、声を潜めてさらにいった。「さすがにこのようなことを口外はいたしません。ただ、わたしは藤十郎様がどのように思われているのか、そればかりが気掛かりでして」
寅三郎も何処か辟易とした様子だった。きっとこの男にも何か思うことがあるのだろう。
ウソをつく人間には大体ふたつの場合がある。ひとつはウソを見破られまいとして、ウソをついている相手に対してこころを開くことなく、多くを語らなくなる場合。そして、もうひとつがーー
「そうなんでございますかぁ? いやぁ、確かにそうかもしれませんね、あの男は。いやね、わたしも医者という立場上、天馬様のお顔に泥を塗ってはいけないからと黙っていましたがね、ちょっとあの上から目線の態度は頂けませんよ!」
やたらと饒舌になり、ウソの上塗りをする場合である。この場合は自分がいっていることが真実だと信じ込ませるために、必死になってしゃべるモノだから、逆にウソくさく見えてしまうのだが、案外、見破れない者はいるモンだったりする。
「あぁ......、やはりそうでしたか......」
残念なことに寅三郎もそのひとりだった。この男、弟は頭のキレる武術の達人でありながら、本人は学問も武術も中途半端で、かつ変に人を信じやすい部分があった。
「でも、そんなこと訊くなんて、どういうことなんでございます? このこと、藤十郎某にお伝えしないで下さいよ?」
茂作は冗談ぽくも何処か真剣に訊ねた。もし、今いったことが藤十郎の耳に入れば、それだけでマズイことになるのはいうまでもない。いや、そもそも身分を偽っている時点で問題しかないのだが。
寅三郎は黙ってしまった。流石に質問の内容にペラペラとしゃべれるようなことでもないらしい。が、寅三郎はまるで何かに観念したかのように口を開いた。
【続く】