【帝王霊~伍拾壱~】
文字数 1,285文字
ドアの向こう、その隙間は真っ暗だった。
あたしは自分の身体が酷く強張っているのを感じた。緊張している。それはこれから繰り広げられるであろう暴力に対してだろうか。それとも、単純にどんな連中に捕まったかということだろうか。まったく、拉致監禁にはもう慣れたはずなのに緊張するとは、まるで歯医者に行かなければならない時のよう。
ドアの隙間から男の姿が見えた。酷く太っていた。顔は吹き出物ばかりの瓜みたいな形で、頭はトマトのヘタのような黒の短髪、しかも脂とフケにまみれて見事に不潔。まぁ、今のあたしが人の清潔感に意見しても、お前がいうなという話で終わると思うのだけど、にしてもすごい。服は白っぽくなった黒のパーカーにTシャツ、そして色のあせたジーンズ。何ともファッショナブルだ。オシャレすぎて神々しい。あたしも見習わなければならないだろう。
おとこの目はウインナーに入れた切れ目のように細く長い。眉はウニで口許はホタテみたいだった。グルメな顔といえば聞こえはいいかもしれないが、食材が腐ってしまっていれば、どんな高級グルメも人の胃袋に入れるにはハードネス。とてもじゃないが、ご遠慮といった感じだった。
「えっと、どなた?」
あたしは至極当然な疑問を出不精らしきデブにぶつけてみた。デブはにやりとした。何だかとても不気味。社会生活を送っていたら、まず見ないタイプ。
「やぁ、お久しぶりです」不気味な笑みを浮かべてデブはいう。
「あたし、アナタみたいなエコとミニマルな現代に逆行したお身体をお持ちなイケメンとはお知り合いではないと思うけど」
あたしの皮肉に、佐野は微かに笑った。いつもの勿体ぶったような不快な笑みではなく、普通に面白かったようだ。デブはあたしの皮肉に対して、児童ポルノを嗜んでいそうな気持ち悪い笑みを更に強めた。
「相変わらずで何だか懐かしいですね。でも確かに、この姿ではアナタと会ったことはありませんからね」
この姿で会ったことはない。そのことばであたしは思わず眉間にシワを寄せた。どういう意味だろうか。実は昔会ったことがあるが、その当時の面影がまったくなくなってしまうほどに変わってしまったということだろうか。
しかし、それならば「この姿」とまるで別の何かに変わってしまったというような形容の仕方をするだろうか。
「ほんと、勿体ぶった話し方。あたしそういう物言い、大嫌いなんだけど」
「はい、知ってますよ」デブはいう。「あの時も同じようなことをいわれた記憶がありますから」
「あの時?」あたしは疑問を顔に刻んだ。「アンタ、誰なの? 人と会ったら、まずは自己紹介って幼稚園で教わらなかった?」
「残念ながら、わたしは保育園卒業でしてね」
「最終学歴保育園なら、そのコミュニケーション能力でも仕方ないかもね」あたしは佐野に訊ねる。「この人誰なの? アンタの彼氏?」
「半分は正しいかもしれませんね」デブが割って入る。「半分は違いますが」
「どういうこと?」
「お久しぶりです、武井愛さん。わたし、ヤーヌス・コーポレーション代表取締役、成松蓮斗です」
驚きがあたしの感情を支配した。
【続く】
あたしは自分の身体が酷く強張っているのを感じた。緊張している。それはこれから繰り広げられるであろう暴力に対してだろうか。それとも、単純にどんな連中に捕まったかということだろうか。まったく、拉致監禁にはもう慣れたはずなのに緊張するとは、まるで歯医者に行かなければならない時のよう。
ドアの隙間から男の姿が見えた。酷く太っていた。顔は吹き出物ばかりの瓜みたいな形で、頭はトマトのヘタのような黒の短髪、しかも脂とフケにまみれて見事に不潔。まぁ、今のあたしが人の清潔感に意見しても、お前がいうなという話で終わると思うのだけど、にしてもすごい。服は白っぽくなった黒のパーカーにTシャツ、そして色のあせたジーンズ。何ともファッショナブルだ。オシャレすぎて神々しい。あたしも見習わなければならないだろう。
おとこの目はウインナーに入れた切れ目のように細く長い。眉はウニで口許はホタテみたいだった。グルメな顔といえば聞こえはいいかもしれないが、食材が腐ってしまっていれば、どんな高級グルメも人の胃袋に入れるにはハードネス。とてもじゃないが、ご遠慮といった感じだった。
「えっと、どなた?」
あたしは至極当然な疑問を出不精らしきデブにぶつけてみた。デブはにやりとした。何だかとても不気味。社会生活を送っていたら、まず見ないタイプ。
「やぁ、お久しぶりです」不気味な笑みを浮かべてデブはいう。
「あたし、アナタみたいなエコとミニマルな現代に逆行したお身体をお持ちなイケメンとはお知り合いではないと思うけど」
あたしの皮肉に、佐野は微かに笑った。いつもの勿体ぶったような不快な笑みではなく、普通に面白かったようだ。デブはあたしの皮肉に対して、児童ポルノを嗜んでいそうな気持ち悪い笑みを更に強めた。
「相変わらずで何だか懐かしいですね。でも確かに、この姿ではアナタと会ったことはありませんからね」
この姿で会ったことはない。そのことばであたしは思わず眉間にシワを寄せた。どういう意味だろうか。実は昔会ったことがあるが、その当時の面影がまったくなくなってしまうほどに変わってしまったということだろうか。
しかし、それならば「この姿」とまるで別の何かに変わってしまったというような形容の仕方をするだろうか。
「ほんと、勿体ぶった話し方。あたしそういう物言い、大嫌いなんだけど」
「はい、知ってますよ」デブはいう。「あの時も同じようなことをいわれた記憶がありますから」
「あの時?」あたしは疑問を顔に刻んだ。「アンタ、誰なの? 人と会ったら、まずは自己紹介って幼稚園で教わらなかった?」
「残念ながら、わたしは保育園卒業でしてね」
「最終学歴保育園なら、そのコミュニケーション能力でも仕方ないかもね」あたしは佐野に訊ねる。「この人誰なの? アンタの彼氏?」
「半分は正しいかもしれませんね」デブが割って入る。「半分は違いますが」
「どういうこと?」
「お久しぶりです、武井愛さん。わたし、ヤーヌス・コーポレーション代表取締役、成松蓮斗です」
驚きがあたしの感情を支配した。
【続く】