【ナナフシギ~拾~】
文字数 2,089文字
現世と彼岸、ふたつの違いなど生きている人間にはわかるワケがない。
況してや経験も浅く、知識も教養も殆どない小学生ともなれば、向こうの世界に抱くイメージなどというのは、アニメやマンガで見たモノをそのまま投影するのが相場だろう。
五村西小学校の北東側にある昇降口。まるで鬼の口のように、ひとりでに開いた扉のその先は、一見して普通の学校と何ひとつ変わりはなかった。だが、その中身は確実に別の『何か』へと変貌していたらしい。
「で、どうなんだよ?」弓永が祐太朗に訊ねる。
「何が?」
「幽霊、いるのかよ?」
弓永の声からは何処となく不安な様子が漂っていた。それもそうだろう。今日の今日までまったく信じていなかった幽霊というモノが実は存在していて、それがしかも身近な学校の中にいるというのだから困惑するのも無理はない。
弓永だけではない。エミリもその表情に恐怖を宿している。やはり、幽霊と聴いて動揺しないモノはいない、ということだろう。
だが、そんな中でも祐太朗はこれっぽっちの動揺も見せない。背筋をピンと伸ばして真っ直ぐ伸びる廊下をひとりで歩いている。祐太朗は弓永のほうを振り返らずに答える。
「そこら中にいる」
この返答には、弓永もエミリも表情を歪めた。エミリはそのまま恐怖を顔に宿し、弓永は恐怖から来る反動からか微かに笑って見せる。
「マジ、かよ……」
「ここまで来てウソついてどうすんだよ」
「どれくらい、いるの……?」とエミリ。
「気持ち悪いほどって感じだな。朝の登校時間を想像して欲しい。あんな感じだ」
「え……」エミリは絶句する。「じゃあ……」
「気を付けろ、そこ霊いるぞ」
祐太朗の注意にエミリと弓永は一斉に横へ飛び退く。エミリはそのまましゃがみ込んで震え出す。弓永は飛び退いてしまった自分に驚いているような顔をしつつ、そんな自分をいいワケするかのように祐太朗のほうを見ていた。
無言のまま、祐太朗と弓永は互いの視線を交差させた。弓永は、
「……止めろよ。おれだって、突然そこに霊がいるっていわれたら、驚くだろ」
「それは別にいいんだけどよ」
「……でも、幽霊って学校にそんなにいるモンなのかよ?」
「いや、普段はこんな多くはないし、校内の霊は子供が殆どだ。でも、今ここにいるのは殆どが大人の霊で、重苦しい感じも違う」
「何もしてこないんだろうな?」
「さぁ? でも、少なくともそういう六感みたいなのを持ってるおれがいるってだけで動きづらいらしい」
「てことは……」
「おれとはぐれたら霊の餌食にもなりかねない。だから、さっさと石川先生と他の残った先生たちを探しだして帰ろうぜ」祐太朗は屈み込んですすり泣くエミリに手を差し出す。「ほら、泣くなよ。ここにいたって時間は過ぎていくだけだ。行こうぜ」
「でも、でも……」
「心配すんなよ、おれがいるから」
静寂が流れる。エミリの涙は止まり、虚を突かれたかのようにエミリは呆然と祐太朗を見、祐太朗の差し出した手に自分の手を重ねた。
「あ、ありが、とう……」
エミリは祐太朗に引っ張られて立ち上がると、祐太朗から目を叛けた。
「……どうした?」祐太朗が不思議そうにエミリに訊ねる。
「う、ううん! 何でも、ない……」そう否定するエミリは明らかに様子が可笑しかった。
「ほんとかよ。何か様子が変だぞ」
「ううん! 大丈夫! ちょっと、祐太朗くんの幽霊の話で驚いちゃっただけ。でも、もう大丈夫だから……。そんなことより、行こう?」
そういってエミリはひとりでに歩き出した。祐太朗はエミリの背中に呼び掛ける。
「お、おい……!」
「かっこつけちゃって」と弓永。
「別にかっこなんかつけてねぇよ」
「ハッ! どうだかね」
「そういうお前はいい加減腰抜けみたいな感じでいるのは止めたほうがいいぞ」
「おれが腰抜けだって?」
祐太朗は弓永の足許を指差した。
「脚、震えてるぞ」
弓永は祐太朗に指摘されて自分の脚を見下ろした。震えていた。弓永は咳払いをし、
「……筋肉痛なんだよ」
「最近体育なかったぞ」
「うるせえな。こう見えておれボクシングやってるんだよ」
「ボクシングだったら腕だろ」
「フットワークって知ってるか? ボクシングはな、腕よりも足腰が重要なんだよ!」
「まぁ、どうでもいいけどさ」
突然の悲鳴。悲鳴はエミリが歩いて行ったほうから聴こえた。ハッとする祐太朗と弓永。
「今の……!」祐太朗。
「田中だ、何でひとりで行かせるんだよ」
「お前がバカみたいに絡んで来るからだろ」
「……んなことより、早くしないと田中が!」
祐太朗と弓永は走り出した。普段走ってはいけない廊下、その木目の床をゴム底の靴が叩く音は何処までも遠く響いているようだった。
走って、走ってーー走って、そしてふたりはエミリの姿を見つけた。エミリはうずくまって身体を震わせていた。祐太朗がエミリの肩を叩く。ビクッと震えるエミリ。
「おい、大丈夫か?」
エミリは身体を震わせながら祐太朗の顔を見る。そして、すぐ横を指差した。祐太朗と弓永は、エミリが指差した先へとゆっくりと目を向けた。
そこは理科室だった。
【続く】
況してや経験も浅く、知識も教養も殆どない小学生ともなれば、向こうの世界に抱くイメージなどというのは、アニメやマンガで見たモノをそのまま投影するのが相場だろう。
五村西小学校の北東側にある昇降口。まるで鬼の口のように、ひとりでに開いた扉のその先は、一見して普通の学校と何ひとつ変わりはなかった。だが、その中身は確実に別の『何か』へと変貌していたらしい。
「で、どうなんだよ?」弓永が祐太朗に訊ねる。
「何が?」
「幽霊、いるのかよ?」
弓永の声からは何処となく不安な様子が漂っていた。それもそうだろう。今日の今日までまったく信じていなかった幽霊というモノが実は存在していて、それがしかも身近な学校の中にいるというのだから困惑するのも無理はない。
弓永だけではない。エミリもその表情に恐怖を宿している。やはり、幽霊と聴いて動揺しないモノはいない、ということだろう。
だが、そんな中でも祐太朗はこれっぽっちの動揺も見せない。背筋をピンと伸ばして真っ直ぐ伸びる廊下をひとりで歩いている。祐太朗は弓永のほうを振り返らずに答える。
「そこら中にいる」
この返答には、弓永もエミリも表情を歪めた。エミリはそのまま恐怖を顔に宿し、弓永は恐怖から来る反動からか微かに笑って見せる。
「マジ、かよ……」
「ここまで来てウソついてどうすんだよ」
「どれくらい、いるの……?」とエミリ。
「気持ち悪いほどって感じだな。朝の登校時間を想像して欲しい。あんな感じだ」
「え……」エミリは絶句する。「じゃあ……」
「気を付けろ、そこ霊いるぞ」
祐太朗の注意にエミリと弓永は一斉に横へ飛び退く。エミリはそのまましゃがみ込んで震え出す。弓永は飛び退いてしまった自分に驚いているような顔をしつつ、そんな自分をいいワケするかのように祐太朗のほうを見ていた。
無言のまま、祐太朗と弓永は互いの視線を交差させた。弓永は、
「……止めろよ。おれだって、突然そこに霊がいるっていわれたら、驚くだろ」
「それは別にいいんだけどよ」
「……でも、幽霊って学校にそんなにいるモンなのかよ?」
「いや、普段はこんな多くはないし、校内の霊は子供が殆どだ。でも、今ここにいるのは殆どが大人の霊で、重苦しい感じも違う」
「何もしてこないんだろうな?」
「さぁ? でも、少なくともそういう六感みたいなのを持ってるおれがいるってだけで動きづらいらしい」
「てことは……」
「おれとはぐれたら霊の餌食にもなりかねない。だから、さっさと石川先生と他の残った先生たちを探しだして帰ろうぜ」祐太朗は屈み込んですすり泣くエミリに手を差し出す。「ほら、泣くなよ。ここにいたって時間は過ぎていくだけだ。行こうぜ」
「でも、でも……」
「心配すんなよ、おれがいるから」
静寂が流れる。エミリの涙は止まり、虚を突かれたかのようにエミリは呆然と祐太朗を見、祐太朗の差し出した手に自分の手を重ねた。
「あ、ありが、とう……」
エミリは祐太朗に引っ張られて立ち上がると、祐太朗から目を叛けた。
「……どうした?」祐太朗が不思議そうにエミリに訊ねる。
「う、ううん! 何でも、ない……」そう否定するエミリは明らかに様子が可笑しかった。
「ほんとかよ。何か様子が変だぞ」
「ううん! 大丈夫! ちょっと、祐太朗くんの幽霊の話で驚いちゃっただけ。でも、もう大丈夫だから……。そんなことより、行こう?」
そういってエミリはひとりでに歩き出した。祐太朗はエミリの背中に呼び掛ける。
「お、おい……!」
「かっこつけちゃって」と弓永。
「別にかっこなんかつけてねぇよ」
「ハッ! どうだかね」
「そういうお前はいい加減腰抜けみたいな感じでいるのは止めたほうがいいぞ」
「おれが腰抜けだって?」
祐太朗は弓永の足許を指差した。
「脚、震えてるぞ」
弓永は祐太朗に指摘されて自分の脚を見下ろした。震えていた。弓永は咳払いをし、
「……筋肉痛なんだよ」
「最近体育なかったぞ」
「うるせえな。こう見えておれボクシングやってるんだよ」
「ボクシングだったら腕だろ」
「フットワークって知ってるか? ボクシングはな、腕よりも足腰が重要なんだよ!」
「まぁ、どうでもいいけどさ」
突然の悲鳴。悲鳴はエミリが歩いて行ったほうから聴こえた。ハッとする祐太朗と弓永。
「今の……!」祐太朗。
「田中だ、何でひとりで行かせるんだよ」
「お前がバカみたいに絡んで来るからだろ」
「……んなことより、早くしないと田中が!」
祐太朗と弓永は走り出した。普段走ってはいけない廊下、その木目の床をゴム底の靴が叩く音は何処までも遠く響いているようだった。
走って、走ってーー走って、そしてふたりはエミリの姿を見つけた。エミリはうずくまって身体を震わせていた。祐太朗がエミリの肩を叩く。ビクッと震えるエミリ。
「おい、大丈夫か?」
エミリは身体を震わせながら祐太朗の顔を見る。そして、すぐ横を指差した。祐太朗と弓永は、エミリが指差した先へとゆっくりと目を向けた。
そこは理科室だった。
【続く】