【冷たい墓石で鬼は泣く~参拾漆~】
文字数 1,150文字
こうなることは想像が出来ていた。
だが、想像が出来ることと覚悟が出来ていることは同じことではない。ふたつは独立している。両方出来ることが理想ではあるが、わたしには覚悟という大事な要素が抜けていた。
わたしは静かに立ち竦んでいた。両手をグッと握り締め、口を真一文字に結び、対面をしっかりと見詰めていた。
そうなったのも、あの時のやり取りの結果だ。わたしがヤクザの屋敷に乗り込んだ、あの時のことだったーー
その時の親分の声は低く、まるでわたしのはらわたを抉るように響いた。
折角出された座布団に掛けるどころか、それをどかして座るなど、一見したらケンカを売っているようにも取られるだろう。だが、わたしにはそんなつもりはまったくなかった。その証拠といっていいかはわからないが、わたしは床に両手を付き、額を付けた。
「決してアナタに御無礼をしようとここまで来たワケではありません。ただ、ちょっとしたお願いがあってここまで来ました」
「お願い、だぁ?」
低い声がわたしの頭の上を通り過ぎて行った。顔色は伺っていなかったが、声の調子からすると不機嫌だろうという感じだった。わたしはたじろぎそうになったが、まるで頭を隠して尻を隠さんばかりに、その場で伏せて相手の顔を見ずに通した。どうせ殺されるなら直接的な恐怖をイヤというほど味わうよりは、突然に背中を刺されるか斬られるかしたほうがずっとマシだった。だが、何の感触もやって来ない。敵意はあっても殺意はないーー少なくとも今の段階では。
「そんな頭ずっと下げてねえでいってみたらどうなんだ?」
重たい声が頭の上で響いていた。わたしは、はいと返事をして少し間を置いてから口を開いた。
「実は、そこにいる牛野馬乃助を破門にして欲しいのでございまして」
「コイツを破門しろだぁ?」驚きと苛立ちが入り交じった低い声だった。「またワケのわかんねぇことをいいやがって」
「お願い申し上げます! 失礼なのは重々承知の上。ですが、どうにか馬乃助を破門にし、解放しては頂けないでしょうか?」
「テメエ、ふざけんなーー」
怒号がピタリと止まった。わたしは尚も恐怖で頭を上げることが出来ずにおり、ただただ待機し続けることしか出来なかった。そして、おもむろにその声は聴こえて来た。
「何だって、おれを破門にさせてぇんだ」
馬乃助の声だった。わたしは何も答えられなかった。保身のため。そういわれればそうかもしれない。馬乃助のため。それもあったかもしれない。ひとついえるのは、わたしがその行動を起こした理由はあまりにも捻れこんがらがっており、簡単にはいい表すことが出来なかった。
「あぁ、わかったよ」唐突に低い声ーー親分のモノだ。「ただし、おれの頼みを聴いてくれたら、だ」
わたしはそこで漸く頭を上げた。
【続く】
だが、想像が出来ることと覚悟が出来ていることは同じことではない。ふたつは独立している。両方出来ることが理想ではあるが、わたしには覚悟という大事な要素が抜けていた。
わたしは静かに立ち竦んでいた。両手をグッと握り締め、口を真一文字に結び、対面をしっかりと見詰めていた。
そうなったのも、あの時のやり取りの結果だ。わたしがヤクザの屋敷に乗り込んだ、あの時のことだったーー
その時の親分の声は低く、まるでわたしのはらわたを抉るように響いた。
折角出された座布団に掛けるどころか、それをどかして座るなど、一見したらケンカを売っているようにも取られるだろう。だが、わたしにはそんなつもりはまったくなかった。その証拠といっていいかはわからないが、わたしは床に両手を付き、額を付けた。
「決してアナタに御無礼をしようとここまで来たワケではありません。ただ、ちょっとしたお願いがあってここまで来ました」
「お願い、だぁ?」
低い声がわたしの頭の上を通り過ぎて行った。顔色は伺っていなかったが、声の調子からすると不機嫌だろうという感じだった。わたしはたじろぎそうになったが、まるで頭を隠して尻を隠さんばかりに、その場で伏せて相手の顔を見ずに通した。どうせ殺されるなら直接的な恐怖をイヤというほど味わうよりは、突然に背中を刺されるか斬られるかしたほうがずっとマシだった。だが、何の感触もやって来ない。敵意はあっても殺意はないーー少なくとも今の段階では。
「そんな頭ずっと下げてねえでいってみたらどうなんだ?」
重たい声が頭の上で響いていた。わたしは、はいと返事をして少し間を置いてから口を開いた。
「実は、そこにいる牛野馬乃助を破門にして欲しいのでございまして」
「コイツを破門しろだぁ?」驚きと苛立ちが入り交じった低い声だった。「またワケのわかんねぇことをいいやがって」
「お願い申し上げます! 失礼なのは重々承知の上。ですが、どうにか馬乃助を破門にし、解放しては頂けないでしょうか?」
「テメエ、ふざけんなーー」
怒号がピタリと止まった。わたしは尚も恐怖で頭を上げることが出来ずにおり、ただただ待機し続けることしか出来なかった。そして、おもむろにその声は聴こえて来た。
「何だって、おれを破門にさせてぇんだ」
馬乃助の声だった。わたしは何も答えられなかった。保身のため。そういわれればそうかもしれない。馬乃助のため。それもあったかもしれない。ひとついえるのは、わたしがその行動を起こした理由はあまりにも捻れこんがらがっており、簡単にはいい表すことが出来なかった。
「あぁ、わかったよ」唐突に低い声ーー親分のモノだ。「ただし、おれの頼みを聴いてくれたら、だ」
わたしはそこで漸く頭を上げた。
【続く】