【丑寅は静かに嗤う~出陣】

文字数 3,034文字

「本気でいってんのかい?」お馬がいう。

 猿田がコクリと頷いて見せると、

「いや、でも、アンタはーー」

「いったじゃねぇか。おれだって武士の端くれ。技だってまだ落ち込んじゃいねぇんだ」

 猿田の腰本には、淡青色の柄巻と下緒という拵えを誂えた刀が提げられている。

 半時ほど前のことであるーー猿田は自らが居を構えている納屋を改築した家に戻ると、床板を外して床下の土を掘り返した。土を掘り進めて行くとそこには細長い桐の箱。

 猿田は桐の箱を開けた。そこには膨らみのある刀袋がひと房。袋を取り上げると猿田は、結わえをほどき、中身を取り出した。

 淡青色の拵えを誂えた刀が一本。

 柄巻は擦れてボロボロで、柄頭に縁金、切羽はくすんでいた。相当使い込んだ代物なのだろう。猿田は鞘を抜いて刀の刀身を露にした。錆などこれっぽっちもない。それどころか、刀は妖艶に美しく光輝いていた。外気に触れることなく、冷たい土の中で眠っていた打刀は、まるで冬眠していた蛇のように艶かしい。

 猿田はそんな刀の刀身を複雑そうな表情で眺めていた。まるで悲しみや怒り、後悔、無念、そういったうしろめたい過去が甦って来るような、涙に満ち満ちた表情だった。

 猿田は未だ尚、その輝きを失わずにいる刀身をゆっくりと鞘に納め、刀を腰に差すと、そのまま家を出ようとした。が、戸を開けて外へ出たところで振り返ると、室内を舐め回すように丁寧に眺めた。そのままーー

「どうしたんだい、急にボーッとして」

 お馬のひとことで猿田は我に返る。過去の記憶が頭を過ったのだろう。だが、そんな時間は猿田には残されていない。

「これから盗賊を成敗しに行こうとしてる人がそんなんで大丈夫なんかね?」

 お馬のキツイひとこと。が、猿田はそれに対して笑って見せーー

「おれを誰だと思ってんだ。武州川越、直参旗本である松平天馬に仕える猿田源之助だぜ。このおれが、またしくじるワケあるかい」

 お馬は猿田の笑みに呼応するように、

「なら今度は頑張ってみなさいな。お侍さん」

「当たり前だーーじゃ、艮顕様を頼んだ」

 そういって猿田は踵を返す。

「ちょっと、どこへ行くんだい?」

 猿田は足を止め、

「おれは村の入り口で待ってる。桃川さんと他の面子は寺で待ってるからそう伝えてくれ」

 そういい残してその場を去る。

 それから数十分ほどして、甲子寺にお馬がやって来る。寺の傍らでそれを遠目で見たお雉は寺の縁側に向かって、

「桃川さん、人が来たよ」

 桃川は一瞬刀に手を掛け、

「待ってて下さい。何かあれば、すぐにお呼び下さい」

 寝込んでいる吉備にそう声を掛け、刀に手を掛けたまま寺の表に回る。が、表門から来る相手がお馬とわかるとすぐに刀から手を離し、

「お馬さん!」

 お馬は食料や各種雑貨類を載せた荷車を走って引いている。とてつもない怪力だ。桃川はそんなお馬のほうへと駆け寄って行く。

「ちょっと、コイツーー」お雉が、木に縛り付けられたまま伸びきっている犬蔵を指していう。「……んもう」

 お雉は犬蔵のほうを警戒しながらゆっくりとお馬のほうへと向かう。

「お馬さん、猿田さんは!?」桃川。

「村の入り口の所で待ってるってさ。でも驚いたね。あの人が本当に侍だったなんてさ」

「えぇ。それも随分と腕が立つようで」

「信じられないねぇ。あの呑兵衛がーー」

「ねぇ!」お雉が声を上げる。「あの犬っころはどうすんの!?」

 声を上げるお雉に、お馬は険しい視線をやる。

「……誰だい、アレ?」

「お雉さんという、その、何というか……」ことばに突っ掛かる桃川。「猿田さんの昔からのお知り合いの方だそうで」

「へぇ、そうなんだ」

「ねぇ!」お雉、いつの間にかふたりのすぐ傍まで来ている。「……猿ちゃんは?」

「村の入り口で待つってさ。アンタ、猿田さんの昔馴染みなんだって? あの人、武州川越の旗本のところにいたっていってたけど、アンタもその口かい?」

 お雉の顔に驚きの色が浮かぶ。が、すぐに、

「あたしは違う。ただ、川越でちょっとした関係があったってことは確か」

「ちょっとした関係って、アンターー」お馬は小指を立てて、「あの人のコレかい?」

「残念ながらそれも違う。あたしたちはーー」

 お雉は口をつぐむ。そんなお雉を、お馬はまるで遠慮もせずに、

「あたしたちは、何だい? そんな旗本に仕えるお侍さんと関係があるなんて、アンタ、一体何者だ? もしかして、川越城のお姫様?」

「そんな大層なモンじゃない。ただーー」

 お雉は再び口を閉ざす。が、お馬はーー

「ただ?」

 とふたりの関係を根掘り葉掘り訊き出そうとして止まらない。桃川もお馬を止めようとするが、お馬は止まらない。お雉は大きくため息をつくと、天を仰いで、

「『川越天誅屋』、あたしと猿ちゃんが一緒にやってた裏の稼業だよ」

「裏の稼業……?」

 桃川がいうと、お雉は大きく頷き、

「小江戸の闇を暴き、小江戸の悪を裁く。奉行所いらずの暗闘者。それが、川越天誅屋」

 川越天誅屋ーー小江戸川越を拠点に悪を裁く闇の集団。その組織を構成する人数は僅か数人。だが、その腕は確かなモノで、人殺しから社会的抹殺、恨みごと代行等を扱っていた。

 その元締は川越藩直参旗本の松平天馬。天馬はあらゆる形で得た仕事を天誅屋の面子に割り振り、小江戸の街の「浄化」を行っていた。

「なるほどねぇ、でも、天誅とはいっても所詮は人殺しじゃないか。正義の味方、みたいに褒め称えはできないね」

 お馬の厳しいひとことに、お雉はーー

「そんなのはわかってた。あたしも猿ちゃんも。天馬様も、死んでいった天誅屋の仲間も天馬様の裏稼業を知る一部の遣いの者も。あたしたちは正しくない。だけど、やつらも正しくない。結局そういうことだった……」

 お雉は悔しそうにいう。その目は潤み、いつしか真っ赤に染まっている。

「ふうん。で、いつしかその天誅屋の存在がバレて解散したと、こんな感じかい」

「半分はそう。半分は違う。何れにせよ、天誅屋はある勢力の介入によって崩壊した。生き残ったのは、あたしと猿ちゃんのふたりだけ。川越の街にはあたしと猿ちゃんの手配書が広まっていた。そんな中で最後の仕事を終えたあたしと猿ちゃんは、その場で別れ、猿ちゃんはここに逃げ延び、あたしは藩を出て適当にブラブラと生き延びてきた。そういうことさ」

「そうだったんだねぇ……。確かに、あの刀、柄を巻く紐が随分と擦れているようだったし、あの刀で随分と人を斬ったんだろうね」

「刀?」桃川が訊ねる。

「うん。柄の紐と鞘の紐が淡い青色の刀」

「『狂犬』……!? まだ残してたんだ……」

「何ですか、その『狂犬』というのは?」

「猿ちゃんが愛用していた刀だよ。本来いがみ合っているはずの猿が犬を使いこなすってことで、猿ちゃんの仕事は『犬猿』とも呼ばれていたんだ。それともうひとつ。猿ちゃんにはとある渾名があった。それはーー『丑寅』」

 丑寅。その名前で桃川とお馬の身体に緊張が走る。お馬は身体を震わしながら、

「丑寅って、アンタ……」

「『土佐の丑から居合を習い、琉球の寅からズイディーを習った男』それが『丑寅の猿田』の由来だよ。間違っても盗賊とは関係ーー」

 アクビ。三人はアクビのほうへ首を向ける。犬蔵が目を覚ましたよう。すぐさま自分の身体が縛られていることに気づき、犬蔵はもがく。

「さて、案内役が目を覚ましたことだし、さっさと行きましょうか。ね、桃川さん」

 お雉の提案に、桃川は静かに頷く。

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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