【藪医者放浪記~漆拾漆~】

文字数 1,103文字

 嵐の前には静けさがやって来るという。

 それはこれから来るであろう荒れを無意識の内に予測して、普段の空気がやたらと静かに感じられるからなのだろうか。恐らく、嵐の前は、その薄暗い空模様からまるで夜のような雰囲気が感じられるからということもあるのかもしれない。やはり、雰囲気、空気というのはその場の環境に大きく左右されるということなのかもしれない。

 茂吉の発したことばは、その場の空気を一気に静かにさせた。猿田源之助は口を結んだまま黙って茂吉のことを見ていた。牛野寅三郎はその表情に驚きを刻んでいた。

「今、医者といいましたか......?」寅三郎はふと笑みを浮かべて続けた。「はは、またご冗談を。お医者様ならもうーー」

「だから、違うんだよ」茂吉はピシャリといった。「おれは医者じゃない。江戸から来た職なしの中年男だ」

 寅三郎は茂吉のことばを理解するのに少しばかりの時間が必要だったようだ。そして、それを理解すると「えぇッ!?」と大きな声を上げ、更にいった。

「あ、あ、あの、どういうことでございましょうか? もしかして、わたしをからかっておられますでしょうか?」

 だが、茂吉も猿田も神妙な表情を浮かべたままムッとしていた。結果、寅三郎の表情は次第に強張っていき、今度は猿田にいった。

「それは本当でございましょうか?」

 猿田は何もいわなかった。茂吉はそんな猿田の様子を見ていった。

「アンタ、おれが医者じゃないって知っていたんだな」

「......えぇ」猿田は話し始めた。「というか、お咲の君が話せることも実はーー」

「えッ!?」と茂吉。「アンタ、何であの小娘ーーあ、いやーー姫君が話せることを知ってるんだよ!?」

 猿田は説明した。アレはこの一件が始まってからのことだった。松平天馬はお咲の君が話せなくなってからというモノ、大慌てだった。そのせいもあって、屋敷の中は女給や従者を含めてみんな大慌てとなっていた。そして、松平天馬は娘のしゃべれない病を治すために遠くから医者を呼んだ。

 その後のことだった。猿田は屋敷中が大慌てしている最中にひとり他人事のようにアクビをしながら縁側で昼寝をしていた。と、その時である。肩に軽い衝撃が走った。

「あ、痛ッ!」

 女性のかわいらしい声だった。猿田は「あぁ、申しワケない」といいながら身体を起こした。と、そこにいたのが、お咲の君だった。猿田も困惑したが、結局はお咲の君から真実を告げられて、真相を知ることとなったのだ。それが、蔵柔術に犬吉を迎えに行く前の話だった。

「そうだったのか......」

 寅三郎はいった。茂吉はーー

「でもよ、何でおれが医者じゃないってわかったんだよ?」

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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