【いろは歌地獄旅~ケーキ・ウォーズ~】
文字数 2,309文字
ケーキが食べたい。
深夜二時。ケーキ屋なんか開いているワケがない。甘いものならチョコで我慢しろ、と思われるかもしれない。
ただ、唐突にケーキが食べたいと思ってしまってはもう止まらない。どうしようもない。
ケンジは部屋を飛び出した。ケーキを食べたいという願望が彼を突き動かしたのだ。
とはいえ、深夜、ホールのケーキにたどり着く穴蔵はどこにもないだろう。スーパーですらとっくの昔に店を閉めている。
無謀だというのはケンジもわかっていた。だが、ケンジは一度アクセルを踏んだらブレーキを踏めない性質の持ち主だった。つまり、車には乗ってはいけないタイプということだ。
それはさておき、ケンジは自転車に乗って走り出す。ケーキを求めて。とはいえ大きくなくていい。要はケーキが喰えればそれでいい。
ケンジが最初に当たったのは近所のコンビニだった。店に入り、早々に奥の冷蔵コーナーへ行き、じっくりと一つひとつの食品を舐め回すように眺める。
ない。
ケーキがない。
簡単なチーズケーキ、あるいはチョコケーキ、ショートケーキ、何でもいいのだ。だが、そこにはケーキというケーキ、すべてが全滅。何もありはしなかったのだ。
ケンジは身体を震わせ、レジへ向かう。
店員は深夜の勤務でダルそうにしている。今にも眠ってしまいそうな目の細め方。だが、ケンジが鼻息をビービーいわせ、もの凄い勢いでレジ前へと来、カウンターに身を乗り出して来たことで、眠そうな店員も思わず目をパッチリと開け、困惑気味になる。
「い、いらっしゃいませぇ……」
「ケーキは!?」
「は……?」
「ケーキは何処だッ!」
「け、ケーキですかぁ……?」店員はワケもわからないといった様子。「ケーキ屋にあるんじゃないですかぁ……?」
「違う! コンビニにもあるだろう!」
店員は「え?」と呟いて冷蔵コーナーのほうを一瞥し、それからいう。
「ないなら、ないんじゃないですか?」
ケンジはレジをバンッ!と叩く。店員は震え上がるように直立不動となる。
「哲学の話をしてるんじゃないんだよ……ッ!確かに夜も遅いけど、ケーキが一個もないなんて、あるはずないだろ……。おれは、ケーキをひとつ要求する。ケーキを出せッ!」
ケンジは今にでも暴れださんといった勢いだ。店員もケンジのイカレ具合にヤバイと思ったのか、必死にケンジを宥めようとする。
「落ち着いてくださいッ! ないってことは売り切れってことですよ! 普段ならあるかもしれないけど、今日だけたまたま買っていく人が多かったとかで、売り切れなんじゃないですか!? じゃなきゃ、棚に置いてありますよ」
至極まっとうな意見だ。ケンジもそのことばに説得されたのか、レジから遠ざかり、そのまま店を後にし、店員はホッとひといきつく。
ケンジはそれから近隣のコンビニを回ることにした。だが、二件目も三件目も不発、四件目もダメだった。それからもケンジはコンビニを回った、回ったーー死ぬ気で回った。
だが、ない。
何処にもケーキがないのだ。
そんなバカなはずあるか。ケーキを求めて何件かのコンビニを回ってもない。ケンジの目は棚に置いてあるプリンやシュークリームに留まる。それからじっとそれらを見詰める。
が、ケンジは首が取れんばかりの勢いで、すぐに頭を右に左に振る。
妥協してどうする。おれはケーキが食いたいんじゃないのか。ここでシュークリームやプリンに逃げれば、おれはシュークリームやプリンに逃げた男だと笑われるではないか。そう思っていたに違いない。んなワケないけど。
落雷、雷が落ちたような感覚。
ケンジの顔にとてつもない閃きが訪れたといったような表情が浮かぶ。
かと思いきや、ケンジは不敵な笑みを浮かべ笑い出した。コンビニの店員はそんな気持ち悪いケンジを見て身体を震わせた。
「そうか……、その手があったか……」
ひとりでブツクサいっているケンジは異常者そのものだった。多分、誰から見ても気持ち悪かったと思う。だが、ケンジには関係ない。腕時計を見て、時間を確認すると、すぐさまコンビニを後にする。
コンビニを出、自転車に乗ると、ケンジはとてつもないスピードで夜のストリートを駆けた、駆けたーー幻影のように駆け抜けた。
そうしてたどり着いた先は、となり街にあるケンジの実家だった。時刻は深夜三時。まだ夜が明けるまでには時間がある。
ケンジは郵便受けの中に隠してある合鍵を取り、実家の内部に侵入した。これまで数年間帰ってなかったのに、どうしてここに来て実家なのか。その答えは明白だった。
ケンジが向かったのはキッチンだった。キッチンにて、スマホを片手に様々なモノを物色する。大方のモノは揃った。後は行動あるのみ、そう思ったその時だった。
電気が点いた。
パッと振り返る。
と、そこにはゴルフクラブを持ったケンジの父の姿がある。そのうしろには怯えた母の姿。だが、身体を硬直させていたふたりも、息子の姿を見て軽く脱力したが、すぐにまた別の感情で身体を強張らせる。
「ケンジ、何やってんだ……?」父が訊く。
ケンジは驚きつつも、さも当然といったような口振りでいってのける。
「ケーキ作ろうと思って……」
「……はぁ!?」
両親は口をあんぐりと開けた。
尚、この後、ケンジはケーキを食べられず、近隣のコンビニでは「ケーキ強盗」なる不審者の出現で当局に数々の通報があり、ケンジは各所からメチャクチャに怒られたという。
ちなみにケンジがケーキを口に出来たのは、翌日の昼、ケーキバイキングでのことだった。ただ、二、三個で飽きてしまったのだが。
あぁ、それでもケーキが食べたいッ!
深夜二時。ケーキ屋なんか開いているワケがない。甘いものならチョコで我慢しろ、と思われるかもしれない。
ただ、唐突にケーキが食べたいと思ってしまってはもう止まらない。どうしようもない。
ケンジは部屋を飛び出した。ケーキを食べたいという願望が彼を突き動かしたのだ。
とはいえ、深夜、ホールのケーキにたどり着く穴蔵はどこにもないだろう。スーパーですらとっくの昔に店を閉めている。
無謀だというのはケンジもわかっていた。だが、ケンジは一度アクセルを踏んだらブレーキを踏めない性質の持ち主だった。つまり、車には乗ってはいけないタイプということだ。
それはさておき、ケンジは自転車に乗って走り出す。ケーキを求めて。とはいえ大きくなくていい。要はケーキが喰えればそれでいい。
ケンジが最初に当たったのは近所のコンビニだった。店に入り、早々に奥の冷蔵コーナーへ行き、じっくりと一つひとつの食品を舐め回すように眺める。
ない。
ケーキがない。
簡単なチーズケーキ、あるいはチョコケーキ、ショートケーキ、何でもいいのだ。だが、そこにはケーキというケーキ、すべてが全滅。何もありはしなかったのだ。
ケンジは身体を震わせ、レジへ向かう。
店員は深夜の勤務でダルそうにしている。今にも眠ってしまいそうな目の細め方。だが、ケンジが鼻息をビービーいわせ、もの凄い勢いでレジ前へと来、カウンターに身を乗り出して来たことで、眠そうな店員も思わず目をパッチリと開け、困惑気味になる。
「い、いらっしゃいませぇ……」
「ケーキは!?」
「は……?」
「ケーキは何処だッ!」
「け、ケーキですかぁ……?」店員はワケもわからないといった様子。「ケーキ屋にあるんじゃないですかぁ……?」
「違う! コンビニにもあるだろう!」
店員は「え?」と呟いて冷蔵コーナーのほうを一瞥し、それからいう。
「ないなら、ないんじゃないですか?」
ケンジはレジをバンッ!と叩く。店員は震え上がるように直立不動となる。
「哲学の話をしてるんじゃないんだよ……ッ!確かに夜も遅いけど、ケーキが一個もないなんて、あるはずないだろ……。おれは、ケーキをひとつ要求する。ケーキを出せッ!」
ケンジは今にでも暴れださんといった勢いだ。店員もケンジのイカレ具合にヤバイと思ったのか、必死にケンジを宥めようとする。
「落ち着いてくださいッ! ないってことは売り切れってことですよ! 普段ならあるかもしれないけど、今日だけたまたま買っていく人が多かったとかで、売り切れなんじゃないですか!? じゃなきゃ、棚に置いてありますよ」
至極まっとうな意見だ。ケンジもそのことばに説得されたのか、レジから遠ざかり、そのまま店を後にし、店員はホッとひといきつく。
ケンジはそれから近隣のコンビニを回ることにした。だが、二件目も三件目も不発、四件目もダメだった。それからもケンジはコンビニを回った、回ったーー死ぬ気で回った。
だが、ない。
何処にもケーキがないのだ。
そんなバカなはずあるか。ケーキを求めて何件かのコンビニを回ってもない。ケンジの目は棚に置いてあるプリンやシュークリームに留まる。それからじっとそれらを見詰める。
が、ケンジは首が取れんばかりの勢いで、すぐに頭を右に左に振る。
妥協してどうする。おれはケーキが食いたいんじゃないのか。ここでシュークリームやプリンに逃げれば、おれはシュークリームやプリンに逃げた男だと笑われるではないか。そう思っていたに違いない。んなワケないけど。
落雷、雷が落ちたような感覚。
ケンジの顔にとてつもない閃きが訪れたといったような表情が浮かぶ。
かと思いきや、ケンジは不敵な笑みを浮かべ笑い出した。コンビニの店員はそんな気持ち悪いケンジを見て身体を震わせた。
「そうか……、その手があったか……」
ひとりでブツクサいっているケンジは異常者そのものだった。多分、誰から見ても気持ち悪かったと思う。だが、ケンジには関係ない。腕時計を見て、時間を確認すると、すぐさまコンビニを後にする。
コンビニを出、自転車に乗ると、ケンジはとてつもないスピードで夜のストリートを駆けた、駆けたーー幻影のように駆け抜けた。
そうしてたどり着いた先は、となり街にあるケンジの実家だった。時刻は深夜三時。まだ夜が明けるまでには時間がある。
ケンジは郵便受けの中に隠してある合鍵を取り、実家の内部に侵入した。これまで数年間帰ってなかったのに、どうしてここに来て実家なのか。その答えは明白だった。
ケンジが向かったのはキッチンだった。キッチンにて、スマホを片手に様々なモノを物色する。大方のモノは揃った。後は行動あるのみ、そう思ったその時だった。
電気が点いた。
パッと振り返る。
と、そこにはゴルフクラブを持ったケンジの父の姿がある。そのうしろには怯えた母の姿。だが、身体を硬直させていたふたりも、息子の姿を見て軽く脱力したが、すぐにまた別の感情で身体を強張らせる。
「ケンジ、何やってんだ……?」父が訊く。
ケンジは驚きつつも、さも当然といったような口振りでいってのける。
「ケーキ作ろうと思って……」
「……はぁ!?」
両親は口をあんぐりと開けた。
尚、この後、ケンジはケーキを食べられず、近隣のコンビニでは「ケーキ強盗」なる不審者の出現で当局に数々の通報があり、ケンジは各所からメチャクチャに怒られたという。
ちなみにケンジがケーキを口に出来たのは、翌日の昼、ケーキバイキングでのことだった。ただ、二、三個で飽きてしまったのだが。
あぁ、それでもケーキが食べたいッ!