【冷たい墓石で鬼は泣く~参拾伍~】

文字数 1,105文字

 師範は気にしなくていいといって下さった。

 あの道場生が持ってきた手紙には、夜になったら道場へとひとりで来るようにと書いてあった。それは、わたしにとって破門状のようなモノに思えた。

 遂にここを追われることとなるのか。

 わたしは別に罪を犯したワケではない。馬乃助はーー何ともいえなかった。悪事に荷担していたかもしれないし、そんなことはなかったのかもしれない。だが、わたしには自信がなかった。そもそもがヤクザと行動を共にしている時点で悪事に荷担しないワケがないと思ってしまった。

 わたしは弟を信用出来なかった。そして、自分がまたしても住んでいる場所を追われることになるであろう運命を呪った。その怒りの矛先はいうまでもなく、馬乃助へと向かった。そもそも、馬乃助の存在は房州のほうを追われた理由のひとつでもあったのだから。

 そして、またわたしはここから去らねばならない。思えば大して長くはなかった。精々二年といったところだろう。この二年で、わたしは何が変わったか。師範のお陰で以前よりは剣術の腕もマシにはなった。だが、それ以上にわたしは何を得られただろう。結局、わたしにあったのは『牛野』という姓だけだったのではないだろうか。

 考えれば考えるほど気が滅入った。この世を創り出した主を殺してやりたいと思った。だが、思うだけでそんなことは出来ないとわかっていた。わたしは無力だった。わたしひとりでは何も変えられないような無力な人間でしかなかった。そして、安息の場所を与えられず、ただただ揺らいでいるだけの浮草でしかなかったのだ。

 かたじけない。

 散々お世話になった師範に、こころの中で詫びた。そして、もう二度と顔を合わすことはないであろうことを寂しく侘しく思った。

 だが、わたしはもう引くことは出来なかった。そもそも人生自体が引くことを許さない。わたしは行くしかなかった。

 わたしがそこの土を踏んでも、誰もわたしに見向きなどしなかった。それもそうだ。わたしなど、所詮はちんけな流れ者の浪人に過ぎないのだから。

 だが、屋敷の敷居を跨ぐとその無関心は一挙に関心へと変わった。ギラついた切っ先のような視線が、一気に朗らかになり、威圧的な声の調子もすぐさま下手に出るような調子になった。あからさま過ぎてわかりやすい。同時にヤツがここでどういう扱いを受けているのかもわかった。これは好都合だった。

 わたしは三下に用件を伝えた。すると三下はすぐさま飛んでいき戻って来た。三下は呆然とした様子でわたしの顔を見ていた。わたしが促すと、三下はわたしをある部屋へと通した。

 わたしは深呼吸した後に、その部屋の障子をゆっくりと開けた。

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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