【一年三組の皇帝~拾玖~】
文字数 1,437文字
人間、ひとつのことに区切りがつくと気が弛みがちになるのはいうまでもないと思う。
この時のぼくもまさにそうだった。
山路と海野がこの場を去った時点で、ぼくはふたりの存在を完全に意識から消し去っていた。そして、目の前の辻の「勝負をしよう」という申し出。これで完全に意識は辻との勝負へと向いてしまう。そうなれば、山路と海野がどうとか考えなくなるのはいうまでもない。だが、どうして。
山路と海野はニヤニヤしていた。
「おれの勝ちだな」
辻が不敵な笑みを浮かべていった。ニヤつく山路と海野に不敵に笑う辻、それが意味することはーーぼくはハッとして辻を睨んだ。
「お前、イカサマ使ったな?」
ぼくがそういうと、辻は垂れた長い髪をめくり上げて左耳を見せた。耳の中に何かがあった。ブルートゥースイヤホン。そして、左手を上げたかと思うと、そこには通話中のスマホ。完全にハメられていた。
「ハメやがったな!」ぼくはぼくを挟んでいる辻と山路、海野の三人を睨みつけた。
「先におれらをハメたのは、お前だぜ?」
辻のいうことはもっともだった。数週間前、ぼくは三人に身体を殴らせた。そして、そこでイジメの証拠を得るために話を誘導した。お陰で、ぼくが三人に殴られている音と三人が和田をイジメているという証言を得ることに成功し、ぼくは三人の悪行を表沙汰にし、かなり無理矢理な方法で和田へのイジメを止めさせた。
だが、辻たちはこんな形でぼくがやったのと同じような手法のハメ技を使って来たのだ。ぼくは山路と海野のほうを見ていった。
「何処にいた?」
「そこだよ」
海野が指を差した先はぼくたちの座っていたテーブルのななめうしろだった。ななめうしろーーつまり、辻の手が丸見え。あとはスマホの通話でブルートゥースイヤホンをつけた辻に辻自身のカードが何かを教えるだけ。ぼくの手は見なくていい。何故なら、辻自身がぼくの手を見ているのだから。
『ネイティブ』はもちろん、インディアン・ポーカーにおいて、自分の手が何かを知っているのは反則もいいところ。それを知っていれば、相手の手と自分の手を比べて、相手より1でも強い手を持っていさえすればいいのだから。だが、気になることがひとつある。
「おい」ぼくは辻にいった。「二枚目の時点でぼくの3より強い手を持っていたのに、何でわざわざカードを入れ換えた?」
「イーブンにするためさ」
「イーブン......?」
「おれはお前の手が何だか知っている。おれ自身の手も。おまえが3の手を引いた時点でおれの勝ちはほぼ確定だった。だけどよ、お前が負けない可能性もゼロじゃなかった」
「はぁ?」ワケがわからなかった。「そんなの、おれの負けに決まってんじゃねえか」
「お前、大事なこと忘れてんぞ。ゲームには勝ちと負けのふたつしかねえのか?」
最初こそ辻が何をいわんとしたかったかわからなかった。だが、唐突に閃いた。ぼくはハッとし、思わずいった。
「......引き分け」
「そうだ。お前が持っていたスペードの3、それ以外に3は山の中に三枚眠っている。おれがもしその三枚の内のひとつを引けば、お前が負けることはなかった」
「でも、そんなの、殆どおれの負けが確定した上での話だ。お前は勝ち誇っておれに対してナメたプレイをしただけだろ」
「バカかお前は。勝負ってのは、時に優位であることを捨てなきゃならねえ。おれは信じたんだ。おれ自身の運が、お前の運に打ち砕かれねえってことを、な」
負けたーー苦汁が舌の上で唸っていた。
【続く】
この時のぼくもまさにそうだった。
山路と海野がこの場を去った時点で、ぼくはふたりの存在を完全に意識から消し去っていた。そして、目の前の辻の「勝負をしよう」という申し出。これで完全に意識は辻との勝負へと向いてしまう。そうなれば、山路と海野がどうとか考えなくなるのはいうまでもない。だが、どうして。
山路と海野はニヤニヤしていた。
「おれの勝ちだな」
辻が不敵な笑みを浮かべていった。ニヤつく山路と海野に不敵に笑う辻、それが意味することはーーぼくはハッとして辻を睨んだ。
「お前、イカサマ使ったな?」
ぼくがそういうと、辻は垂れた長い髪をめくり上げて左耳を見せた。耳の中に何かがあった。ブルートゥースイヤホン。そして、左手を上げたかと思うと、そこには通話中のスマホ。完全にハメられていた。
「ハメやがったな!」ぼくはぼくを挟んでいる辻と山路、海野の三人を睨みつけた。
「先におれらをハメたのは、お前だぜ?」
辻のいうことはもっともだった。数週間前、ぼくは三人に身体を殴らせた。そして、そこでイジメの証拠を得るために話を誘導した。お陰で、ぼくが三人に殴られている音と三人が和田をイジメているという証言を得ることに成功し、ぼくは三人の悪行を表沙汰にし、かなり無理矢理な方法で和田へのイジメを止めさせた。
だが、辻たちはこんな形でぼくがやったのと同じような手法のハメ技を使って来たのだ。ぼくは山路と海野のほうを見ていった。
「何処にいた?」
「そこだよ」
海野が指を差した先はぼくたちの座っていたテーブルのななめうしろだった。ななめうしろーーつまり、辻の手が丸見え。あとはスマホの通話でブルートゥースイヤホンをつけた辻に辻自身のカードが何かを教えるだけ。ぼくの手は見なくていい。何故なら、辻自身がぼくの手を見ているのだから。
『ネイティブ』はもちろん、インディアン・ポーカーにおいて、自分の手が何かを知っているのは反則もいいところ。それを知っていれば、相手の手と自分の手を比べて、相手より1でも強い手を持っていさえすればいいのだから。だが、気になることがひとつある。
「おい」ぼくは辻にいった。「二枚目の時点でぼくの3より強い手を持っていたのに、何でわざわざカードを入れ換えた?」
「イーブンにするためさ」
「イーブン......?」
「おれはお前の手が何だか知っている。おれ自身の手も。おまえが3の手を引いた時点でおれの勝ちはほぼ確定だった。だけどよ、お前が負けない可能性もゼロじゃなかった」
「はぁ?」ワケがわからなかった。「そんなの、おれの負けに決まってんじゃねえか」
「お前、大事なこと忘れてんぞ。ゲームには勝ちと負けのふたつしかねえのか?」
最初こそ辻が何をいわんとしたかったかわからなかった。だが、唐突に閃いた。ぼくはハッとし、思わずいった。
「......引き分け」
「そうだ。お前が持っていたスペードの3、それ以外に3は山の中に三枚眠っている。おれがもしその三枚の内のひとつを引けば、お前が負けることはなかった」
「でも、そんなの、殆どおれの負けが確定した上での話だ。お前は勝ち誇っておれに対してナメたプレイをしただけだろ」
「バカかお前は。勝負ってのは、時に優位であることを捨てなきゃならねえ。おれは信じたんだ。おれ自身の運が、お前の運に打ち砕かれねえってことを、な」
負けたーー苦汁が舌の上で唸っていた。
【続く】