【ナナフシギ~捌~】
文字数 2,111文字
夜の校庭は無駄に広く感じられた。
何処までも広がる暗闇に飲み込まれた校庭が、限りあるはずの敷地を何処までも広く、行き場のないほどに広く見せつけている。
祐太朗たちは校庭で迷子になっていた。先程から右へ左へと動き回っていた。その間、何分経ったかはわからない。ただ、この思い付きがあまりにも無謀だったという事実とすぐ横に立つ校舎が、立ちはだかっていた。
「で、何も考えてなかったのかよ」と弓永。
祐太朗はふたりに背を向けながらいった。
「しかたねぇだろ。声が聴こえてそのまま飛び出て来ちゃったんだから」
祐太朗の顔に焦りが見えた。エミリの顔には不安、弓永の顔にはイラ立ちが見えた。
「大体よ、わかるだろ。夜の学校にカギが掛かってるってことぐらい」
ごく当たり前のことだ。夜の学校にはカギが掛かっている。それは教員が見回りのために遅くまで残っているとしても同じことだった。そもそも、ここ最近の不審者の目撃情報や学内に侵入しようとする児童のことを考えれば、施錠が徹底されるのは少し考えればわかる話だったのはいうまでもないだろう。
「それなら、お前も先にそのことに気づけ」祐太朗もイラ立ちを隠せなかった。
「あ? お前が行こうっていうから、何かしらの考えがあると思ってついて来たんだろ?」
「別にお前に付いてこいとはいってねぇだろ。そもそも石川先生が助けを求めて来たのは、おれになんだから」
「あ?」
「止めてよ」エミリはとうとう泣き出してしまった。「ケンカしないで……」
祐太朗も弓永もバツが悪くなったか、そのまま口をつぐんでしまった。確かに今回のことで無謀にも飛び出して来たのは、ふたりも、エミリも同じではあったが、エミリも先生のことが心配過ぎて思わず飛び出て来てしまったというのもある。いってしまえば、ここでそんなケンカをするということは、同時にエミリのことを責めていることにもなってしまうのだから。
と、突然に祐太朗は鋭い視線で校舎のほうを見た。そのまま右へ左へ視線を走らす。
「……何だよ?」弓永が訊ねる。
「今、何かが通り掛からなかったか?」
祐太朗のことばに対して、弓永とエミリは顔を見合わして互いの考えを伺った。だが、そこからわかるのは、ふたりがそんな気配には気づかなかったということだけ。
「おれはわからなかった」
「わたしも」
「気のせい、じゃないよな?」弓永の顔にいくばくかの緊張感が漂う。
「じゃないと思う」
「ねぇ」エミリが割って入った。「昼間も話してたけど、石川先生は何で鈴木くんにそんな今回のことについて訊いたの?」
祐太朗は口ごもる。代わりに答えるように、弓永が口を開く。
「聴いたことないか? コイツに幽霊が見えるとかいう変なウワサ」
「うん、それはうっすらと。石川先生もいってたけどさ。でも、それだけの理由で石川先生が鈴木くんに頼ったかっていうと何か変じゃない? だって、先生だって大人だよ? 鈴木くんに幽霊が見えるなんて、所詮は生徒たちがいってるウワサでしかないじゃん。だから、もっと何か理由があって鈴木くんに話を聴こうと思ったんじゃないかな、って……」
確かにエミリのいう通りだ。石川先生もちゃんと分別のつく大人だ。その石川先生が生徒間で広まっている根拠のないウワサ話など信じるだろうか。エミリは更にいった。
「でも、さっき校門で話してたこと。鈴木くんも聴こえたの?」
「聴こえたって、何が?」祐太朗は訊ね返した。
「先生の声。『タスケテ』って……」
祐太朗は答えあぐねた。
「そんなワケないだろ」弓永は祐太朗のフォローをするようにいった。「アレはおれとコイツが、先生の話が気になったからって……」
「いいよ、弓永」
「あ?」弓永は困惑した。「いいって……」
「田中、驚かないで欲しいんだ。いいか?」
エミリはコクりと頷いた。祐太朗は静かにため息をつき、流し目でエミリを見た。
「……おれ、見えるんだよ」
「見える? 何が?」
そう訊ねるエミリの顔からは不安が垣間見えた。祐太朗には尚も戸惑い、うしろめたさがあるようだったが、意を決したように口を開いた。
「……幽霊だよ」
エミリは驚きを隠さなかった。だが、小刻みに頷いて見せると、
「そっか……」
「驚かないのか?」
「それは驚くよ。だって、あのウワサは本当だったってことでしょ? でも、何ていうか、鈴木くんがそういうウソをつくとはどうしても思えないっていうか……。だから、信じるよ」
「こんな話をストレートに信じるなんて、お前、よっぽどいいヤツなんだろうな」弓永は感嘆するようにいった。
「確かに信じられないよ。幽霊が見えないなんて。でもさ、確かに鈴木くんは他の人から少し外れてるとこはあるけど、変にウソをつくような人だとは思えないんだ」
張り詰めた空気に若干の緩みが生じたようだった。弓永は咳払いをした。
「で、それはそうと、これからどうする……」
と、祐太朗は再び鋭い視線を送った。左。すぐさま走り出す祐太朗。
「祐太朗、何処行くんだよ!」
「影が見えたんだよ!」
「おい! 田中、走れ!」
「え……?」
「早く!」
ふたりも走り出した。広がる闇の中へ。
【続く】
何処までも広がる暗闇に飲み込まれた校庭が、限りあるはずの敷地を何処までも広く、行き場のないほどに広く見せつけている。
祐太朗たちは校庭で迷子になっていた。先程から右へ左へと動き回っていた。その間、何分経ったかはわからない。ただ、この思い付きがあまりにも無謀だったという事実とすぐ横に立つ校舎が、立ちはだかっていた。
「で、何も考えてなかったのかよ」と弓永。
祐太朗はふたりに背を向けながらいった。
「しかたねぇだろ。声が聴こえてそのまま飛び出て来ちゃったんだから」
祐太朗の顔に焦りが見えた。エミリの顔には不安、弓永の顔にはイラ立ちが見えた。
「大体よ、わかるだろ。夜の学校にカギが掛かってるってことぐらい」
ごく当たり前のことだ。夜の学校にはカギが掛かっている。それは教員が見回りのために遅くまで残っているとしても同じことだった。そもそも、ここ最近の不審者の目撃情報や学内に侵入しようとする児童のことを考えれば、施錠が徹底されるのは少し考えればわかる話だったのはいうまでもないだろう。
「それなら、お前も先にそのことに気づけ」祐太朗もイラ立ちを隠せなかった。
「あ? お前が行こうっていうから、何かしらの考えがあると思ってついて来たんだろ?」
「別にお前に付いてこいとはいってねぇだろ。そもそも石川先生が助けを求めて来たのは、おれになんだから」
「あ?」
「止めてよ」エミリはとうとう泣き出してしまった。「ケンカしないで……」
祐太朗も弓永もバツが悪くなったか、そのまま口をつぐんでしまった。確かに今回のことで無謀にも飛び出して来たのは、ふたりも、エミリも同じではあったが、エミリも先生のことが心配過ぎて思わず飛び出て来てしまったというのもある。いってしまえば、ここでそんなケンカをするということは、同時にエミリのことを責めていることにもなってしまうのだから。
と、突然に祐太朗は鋭い視線で校舎のほうを見た。そのまま右へ左へ視線を走らす。
「……何だよ?」弓永が訊ねる。
「今、何かが通り掛からなかったか?」
祐太朗のことばに対して、弓永とエミリは顔を見合わして互いの考えを伺った。だが、そこからわかるのは、ふたりがそんな気配には気づかなかったということだけ。
「おれはわからなかった」
「わたしも」
「気のせい、じゃないよな?」弓永の顔にいくばくかの緊張感が漂う。
「じゃないと思う」
「ねぇ」エミリが割って入った。「昼間も話してたけど、石川先生は何で鈴木くんにそんな今回のことについて訊いたの?」
祐太朗は口ごもる。代わりに答えるように、弓永が口を開く。
「聴いたことないか? コイツに幽霊が見えるとかいう変なウワサ」
「うん、それはうっすらと。石川先生もいってたけどさ。でも、それだけの理由で石川先生が鈴木くんに頼ったかっていうと何か変じゃない? だって、先生だって大人だよ? 鈴木くんに幽霊が見えるなんて、所詮は生徒たちがいってるウワサでしかないじゃん。だから、もっと何か理由があって鈴木くんに話を聴こうと思ったんじゃないかな、って……」
確かにエミリのいう通りだ。石川先生もちゃんと分別のつく大人だ。その石川先生が生徒間で広まっている根拠のないウワサ話など信じるだろうか。エミリは更にいった。
「でも、さっき校門で話してたこと。鈴木くんも聴こえたの?」
「聴こえたって、何が?」祐太朗は訊ね返した。
「先生の声。『タスケテ』って……」
祐太朗は答えあぐねた。
「そんなワケないだろ」弓永は祐太朗のフォローをするようにいった。「アレはおれとコイツが、先生の話が気になったからって……」
「いいよ、弓永」
「あ?」弓永は困惑した。「いいって……」
「田中、驚かないで欲しいんだ。いいか?」
エミリはコクりと頷いた。祐太朗は静かにため息をつき、流し目でエミリを見た。
「……おれ、見えるんだよ」
「見える? 何が?」
そう訊ねるエミリの顔からは不安が垣間見えた。祐太朗には尚も戸惑い、うしろめたさがあるようだったが、意を決したように口を開いた。
「……幽霊だよ」
エミリは驚きを隠さなかった。だが、小刻みに頷いて見せると、
「そっか……」
「驚かないのか?」
「それは驚くよ。だって、あのウワサは本当だったってことでしょ? でも、何ていうか、鈴木くんがそういうウソをつくとはどうしても思えないっていうか……。だから、信じるよ」
「こんな話をストレートに信じるなんて、お前、よっぽどいいヤツなんだろうな」弓永は感嘆するようにいった。
「確かに信じられないよ。幽霊が見えないなんて。でもさ、確かに鈴木くんは他の人から少し外れてるとこはあるけど、変にウソをつくような人だとは思えないんだ」
張り詰めた空気に若干の緩みが生じたようだった。弓永は咳払いをした。
「で、それはそうと、これからどうする……」
と、祐太朗は再び鋭い視線を送った。左。すぐさま走り出す祐太朗。
「祐太朗、何処行くんだよ!」
「影が見えたんだよ!」
「おい! 田中、走れ!」
「え……?」
「早く!」
ふたりも走り出した。広がる闇の中へ。
【続く】