【いろは歌地獄旅~キスに至るまで~】

文字数 1,047文字

 くぐもった冬の空気は何処までも冷たく、緊張感が漂っていた。

 まるで白いモヤが掛かったような空気が住宅街の中にポツンと開かれた公園の中に渦巻いていた。

 心音が自分の耳に届くほどだった。けたたましく心臓が鼓動を打っていた。同時に胃の中のモノがせり上がってくる音も同様だった。

 男は震えていた。両手で両膝を掴み、震えを誤魔化しているつもりだろうが、その口許はその心境を隠しきれずに震えていた。

 ひとり公園の丸太型の椅子で座る男。そのすぐ傍のベンチにはひとりの女性がちょこんと腰掛けていた。女性の名前は大森さくら。男とは「ちょっとした関係」だった。

「そっち、行ってもいいかな……?」

 男が訊ねるとさくらは「えっ……?」とうつむき加減になった。さくらは答えなかった。さくらも震えていた。何処となく肩身狭そうに縮まっていた。

 さくらが答えない内に男はさくらのすぐ横へと移動した。さくらは更に動揺し、ベンチの端へと身体をずらした。

 沈黙が霧のように立ち込めた。その霧が互いの姿を虚ろに被っているようだった。

「……実は!」と男。

「……あのッ!」とさくら。

 ふたりほぼ同時に口を開いた。同じタイミングでの切り出しは互いに沈黙を生み、ピースの合わないパズルのような歪みを生んだ。

 男は静かに唾を飲み込んだ。その目付きは真剣そのモノといった感じ。震える手と口。やはり緊張は止まらなかった。男はまるで意を決したように唾をゴクリと飲み込み、

「さくらさん!」

 と勢い良くさくらのほうを向き、さくらの肩をグッと掴んだ。さくらはビクッとした。

「え……!?」さくらの声は震えていた。

「さくらさん……」男は今一度唾を飲み込み、決意を固くした。「ぼくと、付き合ってください!!」

 いった。いってしまった。そんな様子が男の目、顔、身体に現れていた。さくらは男から目を背けた。そして、さくらは口を開いーー

 その翌夜、こんなニュースが流れた。二十代女性、刃物で刺され死亡。そして、その被害者の名前はーー

 『大森さくら』だった。

 目撃者の証言や、わかっている範囲では、被害者は死亡推定時刻あたりで現場の公園に男とふたりでいたとのことだった。

 ふたりはベンチに腰掛け、男は大森さくらの肩口を掴んでいたという。男がデタラメな声で何かをいった後、大森さくらは次のようなことばを叫んでいたとされている。

「これ以上、付きまとうのは止めて下さい!」

 尚、このストーカー殺人は事件発生から何ヵ月経っているにも関わらず、未だに犯人は捕まっていないという。
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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