【藪医者放浪記~漆拾弐~】

文字数 1,076文字

 瞬間の出来事だった。

 藤十郎が握っていた刀はいつの間にか地面に落ちていた。そして、藤十郎の眼前にはリューの足がつき出されていた。

 藤十郎は息を荒くして目の前にあるリューの足の裏を見詰めていた。

 リューは瞬間的に殺気を放ちはしたが、足を藤十郎に突き付けると、そのまま殺気を引っ込めて、何とも気だるそうにアクビをした。

「まだ、やる?」

 リューはつまらなそうにいった。が、藤十郎は何もいわなかったーーいや、いえなかったのかもしれなかった。それを裏付けるようにそのまま膝から崩れ落ちて、口を開けたまま震えていた。完全なる敗北がそこにあった。

 リューは足を引き、普通に立った。スキのない立ち方だった。藤十郎は震えて何も出来ない様子だった。

「ひとつだけいっておくよ」リューがいった。「大して強くもないのに、自分を強く見せようなんて、弱いヤツのやることだよ。少しは学んだほうがいいよ」

 厳しい口調でそういうと、リューは突然さっきまでのとぼけた口調に戻り、「お腹減ったよー!」といいだし、お羊のほうを向いたかと思うと、「お姉さん、何か食べるモノはないか? わたし、流石にお腹ペコペコよ」と無垢な調子でいい始めた。

 お羊は呆気に取られていた。自分では判断がつかなかったようで、となりにいる松平天馬のほうを見て判断を仰いだ。天馬もリューに対して呆気に取られているようだった。

 それもそうだろう。

 藤十郎は剣の腕はド素人とはいえ、徒手と得物を持った者同士ではやはり差がつく。そもそも普通の危機感があれば、徒手のまま得物持ちに立ち向かおうとは思わない。それは得物持ちのほうがいうまでもなく広い範囲に攻撃が届き、かつその威力も徒手とは比べモノにならないからである。それに得物の存在は相手に対して大きな抑止力にもなる。そこにあるだけで思わず前に行くことを躊躇ってしまうような、それだけの存在感と効果があるのはいうまでもない。

「ねぇ、何かないのかい」

 リューがメシを煽るも、お羊も天馬も何もいえなかった。何か途方もないバケモノがそこにいるようだった。

 と、突然に叫び声が聞こえた。藤十郎だった。藤十郎はその場に突っ伏して獣が咆哮するように叫び声を上げていた。完全なる敗者の姿がそこにはあった。そして、リューはさも興味なさそうに藤十郎のほうを見た。まるで、ゴミを見るような目だった。

「許さんぞ......! 牛野! 何処へいる!」藤十郎はわめいた。「出てこい! この狼藉者を斬り捨てるのだ!」

 だが、そのことばは宙空を舞い、そして霞となって消えた。寅三郎は出て来なかった。

 【続く】





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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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