【藪医者放浪記~弐拾四~】
文字数 1,129文字
そのことばはある種の意外性を持って響いた。
「好きな人がいる?」
茂作が呆然とした様子でそう訊ねると、お咲は慌てて茂作の口を塞ぐ。辺りの様子を伺うお咲は非常に緊張したご様子。余程、そのことを人に聴かれたくないのだろう。だが、その必死さ故に茂作は今にも窒息しそうになってはいたが。
お咲は苦しそうにする茂作にハッとして、塞いでいた茂作の口から手を離す。咳き込む茂作。お咲は申しワケなさそうにいう。
「ごめん」
「ごめんじゃねぇよ。危うく息できなくて死ぬところだったぞ」
「わたしが悪かった」
「......まぁ、それほど秘密にしておきてぇってことなんだろうけどよ。でも、オメエはどうしてそのことを大っぴらにいおうとしないんだい?」
「そんなこと......ッ!」
そういってお咲は黙り込む。茂作は大きくため息をつき、いう。
「......やっぱり、身分の違いか」
まるでカスミが弾け飛ぶような緊張感が音を伴って響く。沈黙が重くのし掛かり、空気全体がどんよりとくぐもるようだった。お咲は黙っていたが、何かに観念したようにゆっくりと頷いて見せる。
「......やっぱ、そういうことだったか」
「悪いけど、このことは黙っててくれないか」弱々しくいうお咲。
「......まぁ、それは構わねえけど」何処か煮え切らないような茂作ーー少し考えを巡らせてから再び口を開く。「確かに、そうだよな......」
唐突に何かに納得する茂作を、お咲は不思議そうに見る。
「......何だよ」
「いやぁ......」茂作はたくさん並べたことばからひとつを選び取るようにして、静かに口を開く。「おれがお前の秘密を話しても仕方ねえよなって思ってよ」
茂作のひとことで、お咲は茂作に飛び掛かり胸ぐらを掴む。右手には懐刀が握られている。見開いた眼は、茂作の顔をしっかりと捉えている。
「もししゃべれば、わたしが貴様を殺す......」
凄むお咲。だが、茂作はこれまでと違って、一切の動揺も見せない。それどころか、何処か落ち着いたように肩を落とし、憐れむようにお咲を見る。お咲はたじろぐ。居所悪そうに、茂作から手を放し、バツが悪そうに顔を叛ける。そして捨てゼリフを投げつけるようにして、
「喋ったら......」
「喋らねえよ。それじゃ意味がねえだろ」
「意味がない?」
「そうだろ。おれがいったところで、そんなモンは何の意味もねえんだ。だから、黙っててやる。その代わり、オメエのことはオメエ自身で伝えなきゃな」
お咲はハッとし、すぐさま複雑な表情を作る。身分というしがらみは茂作が考えている以上に重く硬い。
「まぁ、どうするかはオメエの勝手だ。好きにしろ。それより、オメエの好きな男って、一体どんなヤツなんだ?」
【続く】
「好きな人がいる?」
茂作が呆然とした様子でそう訊ねると、お咲は慌てて茂作の口を塞ぐ。辺りの様子を伺うお咲は非常に緊張したご様子。余程、そのことを人に聴かれたくないのだろう。だが、その必死さ故に茂作は今にも窒息しそうになってはいたが。
お咲は苦しそうにする茂作にハッとして、塞いでいた茂作の口から手を離す。咳き込む茂作。お咲は申しワケなさそうにいう。
「ごめん」
「ごめんじゃねぇよ。危うく息できなくて死ぬところだったぞ」
「わたしが悪かった」
「......まぁ、それほど秘密にしておきてぇってことなんだろうけどよ。でも、オメエはどうしてそのことを大っぴらにいおうとしないんだい?」
「そんなこと......ッ!」
そういってお咲は黙り込む。茂作は大きくため息をつき、いう。
「......やっぱり、身分の違いか」
まるでカスミが弾け飛ぶような緊張感が音を伴って響く。沈黙が重くのし掛かり、空気全体がどんよりとくぐもるようだった。お咲は黙っていたが、何かに観念したようにゆっくりと頷いて見せる。
「......やっぱ、そういうことだったか」
「悪いけど、このことは黙っててくれないか」弱々しくいうお咲。
「......まぁ、それは構わねえけど」何処か煮え切らないような茂作ーー少し考えを巡らせてから再び口を開く。「確かに、そうだよな......」
唐突に何かに納得する茂作を、お咲は不思議そうに見る。
「......何だよ」
「いやぁ......」茂作はたくさん並べたことばからひとつを選び取るようにして、静かに口を開く。「おれがお前の秘密を話しても仕方ねえよなって思ってよ」
茂作のひとことで、お咲は茂作に飛び掛かり胸ぐらを掴む。右手には懐刀が握られている。見開いた眼は、茂作の顔をしっかりと捉えている。
「もししゃべれば、わたしが貴様を殺す......」
凄むお咲。だが、茂作はこれまでと違って、一切の動揺も見せない。それどころか、何処か落ち着いたように肩を落とし、憐れむようにお咲を見る。お咲はたじろぐ。居所悪そうに、茂作から手を放し、バツが悪そうに顔を叛ける。そして捨てゼリフを投げつけるようにして、
「喋ったら......」
「喋らねえよ。それじゃ意味がねえだろ」
「意味がない?」
「そうだろ。おれがいったところで、そんなモンは何の意味もねえんだ。だから、黙っててやる。その代わり、オメエのことはオメエ自身で伝えなきゃな」
お咲はハッとし、すぐさま複雑な表情を作る。身分というしがらみは茂作が考えている以上に重く硬い。
「まぁ、どうするかはオメエの勝手だ。好きにしろ。それより、オメエの好きな男って、一体どんなヤツなんだ?」
【続く】