【ウィズアウト・グローリー】
文字数 1,615文字
この世の中というのはふたつの姿を持っている。
ただ、これはある人から見れば片面であり、ある人から見ればもう片面にしか見えないと、そういうことになるのが殆どだ。
年末、やっぱりおれはひとりだった。
というより、ひとりにならざるを得なかったというべきかもしれない。閉ざされた部屋の中はまるで監獄のようだった。数年前から流行りだしたウィルスによる感染症、これにかかってしまい、おれは自宅に幽閉されることとなったのだ。
それだけならまだいい。問題はもっと根深い。精神的な部分まで侵されていたこと。それが何よりも問題だった。
年末にやるはずだった芝居の公演、これがポシャってしまった。
いってしまえば、それも仕方はない。ここ数年、件のウィルスの影響でいくつもの公演は中止、延期の憂き目に遭った。中には解散、離散した団体もあり、演劇から離れていった人たちも数えきれないほどいる。おれはそんな中の灯火的な存在。いつ消えるかもわからない。だが、しぶとく炎の帽子をかぶり続けている。
とはいえ、自分の出る公演がウィルスの影響で直前にダメになるというのは、何度やっても慣れることはない。カズマサのせいではないと、優しいことばを掛けてくれる人はいっぱいいた。
だが、だからといってすべてが軽くなるワケではない。自分も二次的に感染した身ということで、直接的な罪悪感とは直結していないとはいえ、他の人に移してしまったのではないかという恐怖感もあった。それに年明けに二本の舞台がウィルスの影響でトんでいることもあって、自分の運のなさをとことん恨まざるを得なかった。
これまでだったら、俯瞰的に、どこか傍観するように自分の不幸を眺めて、すんなり次へと進めた自分がいたが、ここ最近になって、ことにこのウィルスが蔓延する世の中になってからは、完全にナイーブ、ナーバスになってしまっている自分がいる。そんなこと考えても仕方がないというのに。
ダルい。頭に鉛が詰め込まれたように重い。立ち上がっても、身体は筋肉を失ったようにひょろっひょろで、立っているのもままならない。だが、こんな状態でも腹は減る。味覚と嗅覚はあるのかわからないような状況であっても、腹だけは減る。ほんと、人間の身体というのは欠陥だらけだ。
仕方なしにおれはキッチンへと向かう。とはいえ、御大層なモノなど作れはしない。白米は炊くとしても、あとは自治体から感染者向けに支給される宅配サービス、それに入っていたインスタント食品を適当に作って凌ぐのみだ。
ダルい中、米をとぎ、水の入った鍋に火を掛ける。ここ最近はそうするか寝るかしかしていない。読書も映画もゲームもダルくて遠ざけている。
微かに開いたカーテンからは外の光と乾いた冬景色が伺える。きっと外はオープンで、人と人の繋がりが歯車となって世界は動き続けているのだろう。そう考えると余計にーー
ポケットに突っ込んでいたスマホが振動した。
スマホを取り出し確認する。一件のメッセージ。相手はポシャった舞台の共演者の女性。公演がダメになり、療養に入ってからというモノ、毎日連絡をくれる唯一の人だった。理由はわからない。だが、そのメッセージで随分と気持ちが軽くなっていたのは事実だった。
メッセージを開いた。
『おはよう! 体調はどう? つらくはない? どんなにダルくても、食事だけはちゃんと取ってね』
思わず頬が弛む。おれはお礼をいいつつ、現状を話した。メッセージはすぐに既読がつき、少し時間を置いてから連絡は来た。
『良かった。早く良くなるといいね。......カズマサくん、いつもありがとうね。稽古の時とかもたくさん助けてもらったし、そうじゃない時も。カズマサくんのお陰でたくさん元気を貰った。だからーー』
おれは顔を上げ、外の景色を再び見直した。
こころなしかさっきよりカーテンが開かれているように見えた。そして明るさもさっきよりも増したように見えた。
ただ、これはある人から見れば片面であり、ある人から見ればもう片面にしか見えないと、そういうことになるのが殆どだ。
年末、やっぱりおれはひとりだった。
というより、ひとりにならざるを得なかったというべきかもしれない。閉ざされた部屋の中はまるで監獄のようだった。数年前から流行りだしたウィルスによる感染症、これにかかってしまい、おれは自宅に幽閉されることとなったのだ。
それだけならまだいい。問題はもっと根深い。精神的な部分まで侵されていたこと。それが何よりも問題だった。
年末にやるはずだった芝居の公演、これがポシャってしまった。
いってしまえば、それも仕方はない。ここ数年、件のウィルスの影響でいくつもの公演は中止、延期の憂き目に遭った。中には解散、離散した団体もあり、演劇から離れていった人たちも数えきれないほどいる。おれはそんな中の灯火的な存在。いつ消えるかもわからない。だが、しぶとく炎の帽子をかぶり続けている。
とはいえ、自分の出る公演がウィルスの影響で直前にダメになるというのは、何度やっても慣れることはない。カズマサのせいではないと、優しいことばを掛けてくれる人はいっぱいいた。
だが、だからといってすべてが軽くなるワケではない。自分も二次的に感染した身ということで、直接的な罪悪感とは直結していないとはいえ、他の人に移してしまったのではないかという恐怖感もあった。それに年明けに二本の舞台がウィルスの影響でトんでいることもあって、自分の運のなさをとことん恨まざるを得なかった。
これまでだったら、俯瞰的に、どこか傍観するように自分の不幸を眺めて、すんなり次へと進めた自分がいたが、ここ最近になって、ことにこのウィルスが蔓延する世の中になってからは、完全にナイーブ、ナーバスになってしまっている自分がいる。そんなこと考えても仕方がないというのに。
ダルい。頭に鉛が詰め込まれたように重い。立ち上がっても、身体は筋肉を失ったようにひょろっひょろで、立っているのもままならない。だが、こんな状態でも腹は減る。味覚と嗅覚はあるのかわからないような状況であっても、腹だけは減る。ほんと、人間の身体というのは欠陥だらけだ。
仕方なしにおれはキッチンへと向かう。とはいえ、御大層なモノなど作れはしない。白米は炊くとしても、あとは自治体から感染者向けに支給される宅配サービス、それに入っていたインスタント食品を適当に作って凌ぐのみだ。
ダルい中、米をとぎ、水の入った鍋に火を掛ける。ここ最近はそうするか寝るかしかしていない。読書も映画もゲームもダルくて遠ざけている。
微かに開いたカーテンからは外の光と乾いた冬景色が伺える。きっと外はオープンで、人と人の繋がりが歯車となって世界は動き続けているのだろう。そう考えると余計にーー
ポケットに突っ込んでいたスマホが振動した。
スマホを取り出し確認する。一件のメッセージ。相手はポシャった舞台の共演者の女性。公演がダメになり、療養に入ってからというモノ、毎日連絡をくれる唯一の人だった。理由はわからない。だが、そのメッセージで随分と気持ちが軽くなっていたのは事実だった。
メッセージを開いた。
『おはよう! 体調はどう? つらくはない? どんなにダルくても、食事だけはちゃんと取ってね』
思わず頬が弛む。おれはお礼をいいつつ、現状を話した。メッセージはすぐに既読がつき、少し時間を置いてから連絡は来た。
『良かった。早く良くなるといいね。......カズマサくん、いつもありがとうね。稽古の時とかもたくさん助けてもらったし、そうじゃない時も。カズマサくんのお陰でたくさん元気を貰った。だからーー』
おれは顔を上げ、外の景色を再び見直した。
こころなしかさっきよりカーテンが開かれているように見えた。そして明るさもさっきよりも増したように見えた。