【ウィズアウト・ラブ】
文字数 1,971文字
年末だというのにまったく気の重い案件だった。
あたしは五村の駅からすこし外れたストリートを歩いていた。普段ならジーンズにモコモコのタートルネック、そしてコートといった比較的動きやすい格好をするところだが、今日のあたしはメガネを掛け、髪をうしろで縛ったパンツスーツ姿という珍しい格好をしている。まぁ、いうまでもない変装ではあるのだけど、自分としてはあまりにも慣れない格好にいささか気持ちの悪さを感じる。
さて、今回の案件というのは、いうまでもない浮気調査である。年末だというのに浮気なんてとも思われるかもしれないが、これが案外多い。特に男が既婚者ならば年末に出張になったとでもウソをついて浮気相手と過ごすこともザラ。女が既婚者ならば、夫が仕事でいない間を見計らってーーというケースが多い。
年末の浮気調査のかきいれ時、ピークといえばいうまでもなくクリスマスではあるが、思った以上に年末年始というのも浮気は盛んになる。
まったく、世間の夫婦は平気で浮気しているうというのに、あたしと来たら。三十半ばにもなって結婚はおろか彼氏もいない。武井愛ーー今年も結局独身彼氏なし。悲しい自己紹介。不誠実なヤツほどよくモテる。まぁ、自分が誠実だなんて口が裂けてもいえないけれども。
あたしは対象を尾行していた。ターゲットは男性。名前は平野アキラ。あたしと同じ三十代半ばで、職業はどこにでもいるような会社員。女のほうは中野ルナ。一応独身だが、彼氏持ち。職業はアキラと同じで、アキラの部下である。そう、いわゆる社内不倫というヤツだ。
まったく、これでは会社に働きに来ているのか不倫しに来ているのかわからない。生きるためには金と汚れた愛があれば何とかなる、か。
あたしは、もしかしたら普通の企業で働いていたら普通に社内恋愛出来たんじゃないかと淡い後悔を抱きつつ、ふたりのあとをつけていた。そしてふたりは五村でも隠れ家的な寂れたラブホテルへと入っていった。
あたしはため息をついた。あたしは年末に何やってんだ。
さて、ここからが長い。取り敢えず、ふたりがホテルへ入っていくのを動画におさめ、現在の日時を付け加えた。鬼の口にでも吸い込まれたようなふたりが再度姿を現すまで待機である。
こんなことなら、弓永くんに車を出して貰えば良かった。仮に警官にイチャモンつけられても、弓永くんが一緒ならどうとでもなる。だが、あのチンピラ刑事が、あたしに付き合うなんてことは200%ない。
あたしは仕方なしにスマホでラジオを聴きながら近くにあった喫茶店でホテルの様子を見ながら待つことにした。
この穴場的なホテルのせいで、あたしはすっかりこの喫茶店の常連になっていた。店員もマスターも、あたしに何をいうでもないが、何処か好奇な視線を投げ掛けてくるところを見ると、完全にあたしが探偵だと当たりをつけているに違いない。その勘、激しく正解。
あたしはコーラとピザトーストを頼んだ。あたしがいつも頼むモノを覚えられてしまったからか、コーラもピザトーストもすぐに運ばれて来た。あたしはそんな有り様にウンザリしつつピザトーストを頬張り、とろけるチーズを引っ張りながらホテルのほうを見ていた。
突然、外から悲鳴のような声が聴こえた。
あたしはハッとした。ピザトーストを頬張ったまま固まる。と、ホテルの前にアキラとルナの姿が現れた。あたしはすぐさまスマホを構えた。が、あたしは思わず、スマホを取り落としそうになった。というのもーー
アキラとルナ以外に、別の男女のペアが出てきたのだ。
あたしは目を細め、そしてあっと声を漏らした。
もうひと組の男女ーー女のほうは何と、アキラの妻だった。そして、男のほうはルナの彼氏だったのだ。
アキラは情けなく俯いている。ルナはわめいている。ルナの彼氏はいいワケを連発し、責任逃れをしようとしている。アキラの妻は開き直って毅然とした態度でルナの彼氏とアキラを責め立てている。
あたしは混乱した。だが、すぐに理解した。
両組とも、たまたま浮気相手が互いのパートナーだったのだ。
呆れたモンだ。依頼人はアキラの妻。ということは、この依頼は自分の不倫をカモフラージュし、正当化するための材料。アキラに責任があれば、別れる口実にもなるし、慰謝料も貰え、オマケに不倫相手と宜しく出来る。
だが、カップルだろうと夫婦だろうと、一緒にいればその趣味趣向は似てくるモノだ。まさか、浮気に利用するホテルまで一致してしまうとは。もしかしたら、あたしも恋人が出来たら、相手はあたしに似、あたしは相手に似るのだろうか。馬鹿バカしい。そんなのは、相手が出来てからいえという話だ。
あたしはコーラをストローで吸いながら現場を動画におさめた。
気の抜けたコーラは何とも味気なかったーー人生のように。
あたしは五村の駅からすこし外れたストリートを歩いていた。普段ならジーンズにモコモコのタートルネック、そしてコートといった比較的動きやすい格好をするところだが、今日のあたしはメガネを掛け、髪をうしろで縛ったパンツスーツ姿という珍しい格好をしている。まぁ、いうまでもない変装ではあるのだけど、自分としてはあまりにも慣れない格好にいささか気持ちの悪さを感じる。
さて、今回の案件というのは、いうまでもない浮気調査である。年末だというのに浮気なんてとも思われるかもしれないが、これが案外多い。特に男が既婚者ならば年末に出張になったとでもウソをついて浮気相手と過ごすこともザラ。女が既婚者ならば、夫が仕事でいない間を見計らってーーというケースが多い。
年末の浮気調査のかきいれ時、ピークといえばいうまでもなくクリスマスではあるが、思った以上に年末年始というのも浮気は盛んになる。
まったく、世間の夫婦は平気で浮気しているうというのに、あたしと来たら。三十半ばにもなって結婚はおろか彼氏もいない。武井愛ーー今年も結局独身彼氏なし。悲しい自己紹介。不誠実なヤツほどよくモテる。まぁ、自分が誠実だなんて口が裂けてもいえないけれども。
あたしは対象を尾行していた。ターゲットは男性。名前は平野アキラ。あたしと同じ三十代半ばで、職業はどこにでもいるような会社員。女のほうは中野ルナ。一応独身だが、彼氏持ち。職業はアキラと同じで、アキラの部下である。そう、いわゆる社内不倫というヤツだ。
まったく、これでは会社に働きに来ているのか不倫しに来ているのかわからない。生きるためには金と汚れた愛があれば何とかなる、か。
あたしは、もしかしたら普通の企業で働いていたら普通に社内恋愛出来たんじゃないかと淡い後悔を抱きつつ、ふたりのあとをつけていた。そしてふたりは五村でも隠れ家的な寂れたラブホテルへと入っていった。
あたしはため息をついた。あたしは年末に何やってんだ。
さて、ここからが長い。取り敢えず、ふたりがホテルへ入っていくのを動画におさめ、現在の日時を付け加えた。鬼の口にでも吸い込まれたようなふたりが再度姿を現すまで待機である。
こんなことなら、弓永くんに車を出して貰えば良かった。仮に警官にイチャモンつけられても、弓永くんが一緒ならどうとでもなる。だが、あのチンピラ刑事が、あたしに付き合うなんてことは200%ない。
あたしは仕方なしにスマホでラジオを聴きながら近くにあった喫茶店でホテルの様子を見ながら待つことにした。
この穴場的なホテルのせいで、あたしはすっかりこの喫茶店の常連になっていた。店員もマスターも、あたしに何をいうでもないが、何処か好奇な視線を投げ掛けてくるところを見ると、完全にあたしが探偵だと当たりをつけているに違いない。その勘、激しく正解。
あたしはコーラとピザトーストを頼んだ。あたしがいつも頼むモノを覚えられてしまったからか、コーラもピザトーストもすぐに運ばれて来た。あたしはそんな有り様にウンザリしつつピザトーストを頬張り、とろけるチーズを引っ張りながらホテルのほうを見ていた。
突然、外から悲鳴のような声が聴こえた。
あたしはハッとした。ピザトーストを頬張ったまま固まる。と、ホテルの前にアキラとルナの姿が現れた。あたしはすぐさまスマホを構えた。が、あたしは思わず、スマホを取り落としそうになった。というのもーー
アキラとルナ以外に、別の男女のペアが出てきたのだ。
あたしは目を細め、そしてあっと声を漏らした。
もうひと組の男女ーー女のほうは何と、アキラの妻だった。そして、男のほうはルナの彼氏だったのだ。
アキラは情けなく俯いている。ルナはわめいている。ルナの彼氏はいいワケを連発し、責任逃れをしようとしている。アキラの妻は開き直って毅然とした態度でルナの彼氏とアキラを責め立てている。
あたしは混乱した。だが、すぐに理解した。
両組とも、たまたま浮気相手が互いのパートナーだったのだ。
呆れたモンだ。依頼人はアキラの妻。ということは、この依頼は自分の不倫をカモフラージュし、正当化するための材料。アキラに責任があれば、別れる口実にもなるし、慰謝料も貰え、オマケに不倫相手と宜しく出来る。
だが、カップルだろうと夫婦だろうと、一緒にいればその趣味趣向は似てくるモノだ。まさか、浮気に利用するホテルまで一致してしまうとは。もしかしたら、あたしも恋人が出来たら、相手はあたしに似、あたしは相手に似るのだろうか。馬鹿バカしい。そんなのは、相手が出来てからいえという話だ。
あたしはコーラをストローで吸いながら現場を動画におさめた。
気の抜けたコーラは何とも味気なかったーー人生のように。