【冷たい墓石で鬼は泣く~伍拾弐~】

文字数 1,162文字

 空気が張り詰めていた。

 それも無理はないだろう。ここは殿の間。わたしの目の前には武田藤乃助様、そして周りにはたくさんの従者たちが刃のように鋭い視線でわたしのことを眺めていた。そう、従者になるための腕試しを通ったにも関わらず、彼らにとっては狼藉者も同然なのだろう。

 まぁ、そもそもが当たり前の話だった。

 藤乃助様が、わたしが牛野の家の者だといったとはいえ、牛野と武田家では規模が違う。当然、武田家のほうが大きく、その位も雲の上に近い。そんな状況でかつ、わたしがその家を脱け出して小汚ない浪人をしていることを考えたら、それも当たり前だろう。

「寅三郎殿、改めておめでとう」

 藤乃助様がいった。わたしは畏れ多くて、思わず頭を下げていった。

「とんでものぉございます」

「いや、某も世辞でこんなことをいっているのではない。最初、牛野家を飛び出されて旅に出られた身と聞いてどれほどのモノかと思ったが、予想以上で驚きました」

 非常に畏れ多いおことばだった。

「いえ! そんなもったいないおことば!」

「いや、もったいなくなどない。寅三郎殿は大したモノだ。初めてお目に掛かった時に主が披露された手裏剣の腕も素晴らしかった。確かに一見したら汚れをまとった普通の浪人でしかないーー失礼を承知の上だがーーように見えたが、主のまとった汚れは主が重ねた稽古で蓄えた知と体力と技術の集いだとお見受けした。もちろん、洗いモノをすれば汚れは落ちるが、主の腕前が落ちることはないが、な。しかし、大したモノだ」

 これまでの生涯でここまで褒められたこともなかったせいで、逆に変な気分だった。そもそもわたしなど、適当に歩き回っては、適当な道場に入って様々な人たちと稽古を繰り返していただけの者でしかなかった。まぁ、だからこそ今回の手合わせでも大した緊張がなかったのだろうが、そういった経験は貴重といえば貴重だったのかもしれない。

 藤乃助様はわたしを褒めちぎったが、周りにいる従者たちの冷め具合は相当なモノだったように思えた。わたしは、素直に笑うことが出来ず、あからさまな苦笑いを浮かべた。

「さて、これにて寅三郎殿は某のもとで仕えることとなったワケだが、早速、寅三郎殿にやってもらいたい仕事があるのだ」

 仕事と聞いて少々疑問が沸いた。わたしのような新参は、誰かの元について自分のやるべき仕事を少しずつ身につけていくモノだと思った。そもそも人には適材適所があるし、わたしという人間の多くを知っているワケでもない藤乃助様がわたしにこれといって頼みたいこととは何だろうと思った。が、それは予想外のモノだった。藤乃助様がいったーー

「実は、某の子息の世話係になって欲しいのだ」

 そのことばは、周りにいる従者たちをざわつかせた。わたしはまだ、その意味がわかっていなかったーー

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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