【酒の神が導く物語~2~】

文字数 2,325文字

「帰る!」冬樹は踵を返した。が、秋彦はそれを逃がさない。

「ダメですよ! 兎に角、何とかして下さい」

「あー、しかし……!」

 ガラス戸から店の中の様子を眺める冬樹ーー店内には確かに夏原の姿がある。

「……あー、わかった! やる、やるから!」

「お願いしますよ」

 冬樹は身なりを整えた。それから大きくため息をつくと、そのまま店内へと入っていった。何事もないように店内を歩き、何気ない様子で夏原の近くへと寄っていった。

 夏原が自分に近づく冬樹に気づいた。夏原の冬樹を見るその目は、困惑に満ちていた。

「これはこれは、珍しいところでお会いしましたね」冬樹は皮肉交じりにいった。「相席、よろしいですか?」

 手をギュッと握り締める夏原ーー

「友達が来るんで……」

「じゃあ、来るまでの間だけ」

 そういって、冬樹は店員にエスプレッソを注文し、夏原のほうへと注目する。

「しかし、まさかこんなところでお会いするとは。あの話、考えて下さいましたか」

「……その話は、するつもりはありません」

「そうですか。しかし、何ですね。アナタの待っているその友達の方、果たしてその人は来るんですかねぇ?」

 冬樹はさも夏原の待ち人は来ることはないだろうというように話し始めた。夏原の待っている人が、自分だということを知りながら。

「まぁ、そういうワケだ。アナタのお友達は、いつまで経っても来ませんーー」

「アナタに、何がわかるんですか?」

 夏原のくぐもった声には怒りが滲んでいた。たじろぐ冬樹、思わず困惑を見せる。

「それは、アナタはいいでしょうね。でもね、世の中にはアナタにはわからないようなことがたくさんあるんです。お金では買えないようなモノがあるんですよ。……では、ここで」

 そういって夏原は席を立ち、店を出ていってしまった。後に残された冬樹の顔は、絶望に満ちていた。

 夜、真っ暗な部屋を、ブルーライトの光が静かに照らしていた。冬樹は穴が空かんばかりにスマホの画面を見つめていた。ひと文字ひと文字、文章を紡いでいくーー

「今日は、本当にゴメン。急用があって行けなくなっちゃったんだ。でも、キミに会うのがイヤになったんじゃない。本当だ。だから、その……本当にゴメン」

 メールを送信し、祈るように冬樹は待った。待ったーーいつまでも待った。同じ程の時刻にて、夏原の自宅では、風呂上がりの夏原が何気なしにスマホを確認しようとしていた。

 新着メールが一件。夏原は飛びつくようにメールを確認した。例のメール上の友人からだった。夏原はさも残念そうにメールを眺め、返信を打った。

「ううん、全然大丈夫だよ」

 そう送信すると、返信はすぐにあった。

「いや、でも、キミを傷つけてしまった。そう考えると、何だか居ても立ってもいられなくて……」

 夏原はそれに対し、

「全然大丈夫だよ。それに、今日は逆に来なくて正解かも。今日アナタを待ってたらね、知り合いのすごいイヤなヤツに会っちゃって。あれこれいってくるから、私も思わず強くいっちゃった。スッキリしたなぁ」

 夏原がメールを送ると、次の返信は少し時間を置いてから来た。

「そうか。そうだったんだね。ヒドイヤツがいたもんだ」

 会社の休憩室にて悲しげにスマホを眺める冬樹の姿があった。相手に対して掛ける慰めのことば、それを掛ける切っ掛けを作ってしまったのは、紛れもない自分だったのだから。

 それから数回のメールの後、こんなメールが返ってきたーー

「実はワケあって、ここを離れることになったんだ。だから、もう会えないと思う。ごめんね」

 冬樹は悲しみの海に溺れた。そのままテーブルの上に突っ伏し、茫然自失となって、ただ虚無的に時間を過ごした。

 休憩室のドアが静かに音を立てて開いた。冬樹はそれには気づかない。足音は冬樹に近寄っていった。そしてーー

「何してんすか、先輩」

 秋彦が声を掛けると、冬樹は飛び上がるように起き上がった。が、声を掛けて来たのが秋彦だと認めると、冬樹は大きくため息をついた。

「何だ、お前か。あまり人を驚かせるなよ」

「いやぁ、すんません、すんません。でも、このままでいいんですか?」

 冬樹は力なくうなだれた。

「先輩がそうなら別にいいんすけど、でも、もしまだ何かーーあ、そうだ。これーー」

 そういって、秋彦が出したのは、とある企業の不正を暴いた報告書だった。

「やっぱ、例の会社、やらかしてましたよ。これじゃあ例の開発も白紙ですね。まぁ、そんなワケでーーそれはそれとして、筋は通したほうがいいんじゃないですかね?」

 そういわれると冬樹は、報告書を眺め、何かを思い出したように、休憩室を後にした。

 翌日の昼のこと。『デュオニソス』では、夏原と春菜が店の片付けをしていた。

「よし、あとは私だけで大丈夫だから。春菜ちゃん、ありがとうね」

「いえ。でも、おばさん大丈夫なんですか?
  急に倒れたって……」

 夏原の顔に緊張が浮かぶ。が、すぐに笑顔を取り戻して、

「ちょっと、疲れてたみたい。でも、大丈夫だと思う。だから、また落ち着いたらこっちに戻って、店を再開するつもり。その時はまたよろしくね」

「何か寂しいですぅ」

「今日が最後ってワケじゃないんだから。残りもよろしくね」夏原はにっこりと微笑んだ。

「はい! こちらこそ、よろしくお願いします! じゃ、今日はこれで!」

 そういって、春菜は店を出ていった。静かな時間。夏原はこれまでのことを懐かしむように、店内を眺めていた。

 突然、入り口が開く音がした。

「春菜ちゃん? 戻って来たの?」

 そう夏原が声を掛けたかと思うと、店内へと続く扉が開いた。

「……こんにちは」

 扉の向こうにあったのは、冬樹の姿だった。

 【続く】



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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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