【明日、白夜になる前に~四拾漆~】
文字数 2,379文字
人間、うしろめたさがあるとそこから逃げる傾向にある。
それは当然のことだろう。だが、そこから逃げてしまってはもとも子もないし、何の解決にもなりはしない。だからこそ潔くなるべき。
「本当にごめん」
ぼくは頭を下げる。目の前には宗方さんと桃井さんのふたりがいる。そして、ぼくのとなりには小林さんの姿がある。
適当なファミリーレストラン。この日は話があるから、とぼくが宗方さんと桃井さんを呼びつけたのだ。ちなみに小林さんは桃井さんの、
「あかりと斎藤さんのふたりと、だなんてイヤですよ。他に誰かいないんですか?」
といわれた果てに、小林さん本人に事情を話して来て貰ったワケだ。
小林さんは特に何かをいうでもなく、ただひとことわかったといって付いて来てくれた。
ぼくの謝罪に宗方さんはオロオロしているが、桃井さんはブスーとしている。
「いえ、いいですよ! 斎藤さんも色々あって疲れてたんですよね? 何もかもがどうでも良くなっちゃうこともありますよね」
宗方さんはオロオロしつつもフォローをしてくれる。愛想笑いなのはわかるが、でも優しく微笑んでくれるのはこちらとしては助かった。
「良くないでしょ」
吐き捨てるように桃井さんがいう。マズイ。宗方さんと違って気の強い桃井さんには、この謝罪を受け止めるほどの余裕はないのかもしれない。……いや、完全に拒絶されているならそもそもここまで来てくれないだろう。それに宗方さんと揉めていたのなら、宗方さんと同席すること自体あり得ないはずだ。
「……何で、あんなこといったんですか?」
腕を組んで、覗き込むようにして桃井さんはぼくのほうを見る。
「大丈夫、女は本当にイヤなら完全拒絶だから。誘いに乗ってくれて、理由を訊ねて来るようなら、まだ何とかなるよ」
里村さんのことばが思い起こされる。里村さんがいうなら間違いないだろう。
「うん……」ぼくはこの先のことばを発する前に、弾装を変えるようにして頷く。「いやぁ、宗方さんのいうように、色々あってね」
「色々!?」桃井さんはテーブルの表面を叩いて乗り出してくる。「その色々な事情で、わたしたちを傷つけるってどうなんですか!?」
正論。正論だ。ぼくに弁解する余地なんかない。そもそも、そんな「色々あった」ことで他人に当たる程度の器の小さな人間であるぼくなんかに、こんな形の機会を与えてくれただけでもありがたいモノだ。
「絶対に感情的にはならないこと。泣き落としみたいなのは一発でバレるし、怒ってしまえばすべてが終わる。穏便に済ませたいのなら、あくまで冷静に、それと素直に、ね」
里村さんのいっていたこと、当たり前過ぎる話。だが、その当たり前を当たり前に遂行出来る人は殆どいない。あくまで素直に。
「ごめん。怒って当然だと思う。自分の都合でアレコレと酷いこというなんて、どうかしてるよね。でも、今のぼくには謝ることしか出来ない。これ以上の弁解なんか思いつかない。ただふたりを傷つけてしまったことが、自分の中で気掛かりで仕方なくて」
「結局、自分、自分、自分じゃないですか。自分が申しワケないと思ったから謝る。自分がこう思ったから。わたしたちがどう思ってるか、そこは全然考えてないじゃないですか」
ヒートアップしていく桃井さんを宗方さんが止める。だが、ぼくは何も弁解しなかった。顔を伏せたりもしなかった。ただ、真っ直ぐに前を見るだけだった。桃井さんのいっていることはもっともだった。
そう、ぼく、ぼくだ。ぼくがどう思って、どう動くか、なのだ。人間は自分の意識、思考から逃れることは出来ない。だからこそ、欲望からも逃げることは出来ない。
結局、宗方さんとは何とかいい感じに話をまとめることが出来たが、桃井さんとの話し合いは決裂してしまった。まぁ、仕方ないだろう。あんな酷いこといった手前、許してくれというのが都合が良すぎるのだ。
帰り際の電車の中で、ぼくは里村さんにメッセージを送った。内容はいうまでもなく今日のこと。曲解や希望的観測、そういった主観で歪められた部分を一切排除した、事実のみを書いて送る。
「まぁ、こういうことは仕方ないよ。あまり気を落とさないでさ。宗方さんが許してくれただけでも充分なんじゃないかな」
スマホで里村さんにメッセージを打っている最中に、小林さんがそういった。もっともだ。傷つけたふたりともが機会を作ってくれて、その内のひとりからは許しを貰えた。口先だけのことかもしれないけど、だとしてもそう話をつけられたのは大きい。
家に着いてゆっくりと自室でスーツを脱ぎネクタイを外すと、脱衣場まで行って残りを洗濯機に脱ぎ捨て、浴室にてシャワーを浴びる。
外で溜まった埃、汚れがシャワーの水に流されて行くように、ひとつの背徳が流れ落ちて行くような気がした。もちろん、これですべてが潔白になったかといわれるとそんなことはないが、背負っているモノが少しでも軽くなるだけで、生きやすさは段違いになる。
浴室から出、着替えを済ませて自室に戻り、スマホを確認する。メッセージが三件。
二件は小林さんと宗方さん。このふたりは、フォローとお礼。ぼくは本当にいい人に恵まれている。もう一件は里村さんだ。内容は、
「とりあえず良かったじゃん。さて、次はどうするか考えなきゃねぇ」
まったくだ。これからのことも考えて行かなければならない。ただ、今は取り敢えず眠りにつきたい。ぼくはそのまま深い眠りにつく。
翌朝、カーテンから漏れる木漏れ日の眩しさを目に、ぼくは目覚める。伸びをしてベッドから立ち上がり、机に置いたスマホを確認する。
メッセージが数件。小林さんと宗方さんからはスタンプ。里村さんからのメッセージ。そして、もう一件が桃井さんから。
桃井さんからのメッセージを開く。
ぼくは頭を掻いた。
【続く】
それは当然のことだろう。だが、そこから逃げてしまってはもとも子もないし、何の解決にもなりはしない。だからこそ潔くなるべき。
「本当にごめん」
ぼくは頭を下げる。目の前には宗方さんと桃井さんのふたりがいる。そして、ぼくのとなりには小林さんの姿がある。
適当なファミリーレストラン。この日は話があるから、とぼくが宗方さんと桃井さんを呼びつけたのだ。ちなみに小林さんは桃井さんの、
「あかりと斎藤さんのふたりと、だなんてイヤですよ。他に誰かいないんですか?」
といわれた果てに、小林さん本人に事情を話して来て貰ったワケだ。
小林さんは特に何かをいうでもなく、ただひとことわかったといって付いて来てくれた。
ぼくの謝罪に宗方さんはオロオロしているが、桃井さんはブスーとしている。
「いえ、いいですよ! 斎藤さんも色々あって疲れてたんですよね? 何もかもがどうでも良くなっちゃうこともありますよね」
宗方さんはオロオロしつつもフォローをしてくれる。愛想笑いなのはわかるが、でも優しく微笑んでくれるのはこちらとしては助かった。
「良くないでしょ」
吐き捨てるように桃井さんがいう。マズイ。宗方さんと違って気の強い桃井さんには、この謝罪を受け止めるほどの余裕はないのかもしれない。……いや、完全に拒絶されているならそもそもここまで来てくれないだろう。それに宗方さんと揉めていたのなら、宗方さんと同席すること自体あり得ないはずだ。
「……何で、あんなこといったんですか?」
腕を組んで、覗き込むようにして桃井さんはぼくのほうを見る。
「大丈夫、女は本当にイヤなら完全拒絶だから。誘いに乗ってくれて、理由を訊ねて来るようなら、まだ何とかなるよ」
里村さんのことばが思い起こされる。里村さんがいうなら間違いないだろう。
「うん……」ぼくはこの先のことばを発する前に、弾装を変えるようにして頷く。「いやぁ、宗方さんのいうように、色々あってね」
「色々!?」桃井さんはテーブルの表面を叩いて乗り出してくる。「その色々な事情で、わたしたちを傷つけるってどうなんですか!?」
正論。正論だ。ぼくに弁解する余地なんかない。そもそも、そんな「色々あった」ことで他人に当たる程度の器の小さな人間であるぼくなんかに、こんな形の機会を与えてくれただけでもありがたいモノだ。
「絶対に感情的にはならないこと。泣き落としみたいなのは一発でバレるし、怒ってしまえばすべてが終わる。穏便に済ませたいのなら、あくまで冷静に、それと素直に、ね」
里村さんのいっていたこと、当たり前過ぎる話。だが、その当たり前を当たり前に遂行出来る人は殆どいない。あくまで素直に。
「ごめん。怒って当然だと思う。自分の都合でアレコレと酷いこというなんて、どうかしてるよね。でも、今のぼくには謝ることしか出来ない。これ以上の弁解なんか思いつかない。ただふたりを傷つけてしまったことが、自分の中で気掛かりで仕方なくて」
「結局、自分、自分、自分じゃないですか。自分が申しワケないと思ったから謝る。自分がこう思ったから。わたしたちがどう思ってるか、そこは全然考えてないじゃないですか」
ヒートアップしていく桃井さんを宗方さんが止める。だが、ぼくは何も弁解しなかった。顔を伏せたりもしなかった。ただ、真っ直ぐに前を見るだけだった。桃井さんのいっていることはもっともだった。
そう、ぼく、ぼくだ。ぼくがどう思って、どう動くか、なのだ。人間は自分の意識、思考から逃れることは出来ない。だからこそ、欲望からも逃げることは出来ない。
結局、宗方さんとは何とかいい感じに話をまとめることが出来たが、桃井さんとの話し合いは決裂してしまった。まぁ、仕方ないだろう。あんな酷いこといった手前、許してくれというのが都合が良すぎるのだ。
帰り際の電車の中で、ぼくは里村さんにメッセージを送った。内容はいうまでもなく今日のこと。曲解や希望的観測、そういった主観で歪められた部分を一切排除した、事実のみを書いて送る。
「まぁ、こういうことは仕方ないよ。あまり気を落とさないでさ。宗方さんが許してくれただけでも充分なんじゃないかな」
スマホで里村さんにメッセージを打っている最中に、小林さんがそういった。もっともだ。傷つけたふたりともが機会を作ってくれて、その内のひとりからは許しを貰えた。口先だけのことかもしれないけど、だとしてもそう話をつけられたのは大きい。
家に着いてゆっくりと自室でスーツを脱ぎネクタイを外すと、脱衣場まで行って残りを洗濯機に脱ぎ捨て、浴室にてシャワーを浴びる。
外で溜まった埃、汚れがシャワーの水に流されて行くように、ひとつの背徳が流れ落ちて行くような気がした。もちろん、これですべてが潔白になったかといわれるとそんなことはないが、背負っているモノが少しでも軽くなるだけで、生きやすさは段違いになる。
浴室から出、着替えを済ませて自室に戻り、スマホを確認する。メッセージが三件。
二件は小林さんと宗方さん。このふたりは、フォローとお礼。ぼくは本当にいい人に恵まれている。もう一件は里村さんだ。内容は、
「とりあえず良かったじゃん。さて、次はどうするか考えなきゃねぇ」
まったくだ。これからのことも考えて行かなければならない。ただ、今は取り敢えず眠りにつきたい。ぼくはそのまま深い眠りにつく。
翌朝、カーテンから漏れる木漏れ日の眩しさを目に、ぼくは目覚める。伸びをしてベッドから立ち上がり、机に置いたスマホを確認する。
メッセージが数件。小林さんと宗方さんからはスタンプ。里村さんからのメッセージ。そして、もう一件が桃井さんから。
桃井さんからのメッセージを開く。
ぼくは頭を掻いた。
【続く】